吊りしのぶ

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東京五輪開催、招致の責任を果たすべき

東京五輪(オリンピック・パラリンピック)に反対する風潮が強まっているが、私は最善を尽くして実現に努力すべきだと思う。

少し前、坂上忍氏がMCを努める番組をたまたま見たが、出演する他の芸能人や識者がみな一様に反対を表明していたのに強い違和感を覚えた。「コロナのこの状況で五輪を開催するなんて、頭がどうかしているんじゃないか」とは言わなかったが、場の雰囲気としては、そんなメッセージを発しているように感じた。こういう番組の進め方は、バランスを欠くのではないか。マスコミは日ごろ、同調圧力はよくないとか、多様性が大事と言ってきたはずだ。あの時は、一方的な同調圧力をかけられたような気分で不快だった。

IOCのバッハ会長やジョン・コーツ調整委員長の発言にも批判が集まったが、これも過剰反応だ。そもそも東京五輪は、IOCが東京に押し付けたものではない。東京が立候補して五輪を招致したのである。「やらせてくれ」と言ったのは東京の方だ。しかも石原都知事の時に落選したのに諦めないで手を挙げ、2度目の挑戦で選ばれた。IOCが「東京には並々ならぬやる気がある」と考えるのは当然だろう。

自他共に認める先進国家で、おもてなしの精神がある日本の首都東京なら、コロナ禍でもきっと安全・安心の大会を実現してくれるだろうとIOCが期待するのも、これまた無理からぬところである。

日本人を信頼しているからこそ「緊急事態宣言中でも五輪を開催できる」(ジョン・コーツ調整委員長)という発言も出てくるのだと思う。我々日本人を信じてくれているのに、「日本の事情が分かっていない。日本人の気持ちに寄り添っていない」などと非難するのは子どもじみている。親や教師から叱られた子どもが、「お父さん(お母さん、先生)は僕の気持ちを分かってない!」と言って反発するのと、どこが違うのだろう。

すでにオーストラリアからは事前合宿のために選手が来日している。今さら「五輪は中止すべきだ」などと声を張り上げても、私には全く共感できない。

大会開催に向けて、安心・安全な大会を実現できるよう東京都や大会組織委員会には全力を尽くしてほしい。そして大会のために人生をかけて準備してきた内外の選手たちに、是非とも活躍の場を提供してほしい。

www.change.org

6月4日付日刊スポーツウェブから橋本会長発言

「『100%』の開催ができるよう準備をしていくのが組織委の使命です。ただ、それをやっていてもIOC国際オリンピック委員会)や政府、東京都が(開催は)難しいという判断を下せば、それはそれで応えていかないといけないのも、私たちの使命。組織委としては今、万全の体制で準備することに尽きる」。最悪の想定として中止が要請されるケースを挙げたと同時に、大会を運営する“イベンター”である組織委の立場を強調した。

中止はない考えは変わらず「組織委は、大会を開催するために委託を受けている団体。全力でご理解いただけるように、コロナ対策を万全として大会開催に向けた準備をしたい」とも力を込めた。

【追記】 

ネットニュースに出ていた6日付「松本人志『独自意見を言わなければコメンテーターなんて辞めてしまえ』“正論祭り”にツッコミ」を読んで、そのとおりだなと思った。

「多様性てぬかすくせに、どんどん多様性を奪っていっている。よくないと思うから、ずっとこの番組では正論じゃないことを言ってく。正論を言うことは簡単ですよ」「みんながはみ出してはいけないっていう、この窮屈な感じが面白くない」と自身の考えを改めて表明。正論ばかりで独自の意見を述べないコメンテーターに疑問を投げかけた。

坂上忍氏の番組とは違うが、コメンテーターたちがMCの持論や主張に沿う形で、同方向のコメントばかり並べて、これでもかこれでもかとたたみかけていく展開には、まさしく引用にあるとおり「窮屈な感じ」しか受けない。

これは多様な見解の持ち主を呼ばない番組側の不手際(悪意?)も原因だが、MCももっと積極的に多様な意見を引き出せばいいのだ。「反論のある人は?」とか「違う意見の人は言って」などと言えば、また違った展開になる可能性もある。

しかし、現状では「オリンピック開催賛成」とテレビで発言すれば、反対派からクレームが殺到するかもしれない。その時、MCや番組がその発言者を守れるのかどうか。守れないなら「多様性尊重」などと口が裂けても言うべきではない。