最近、自民党の「LGBT理解増進法案」の党内論議の過程で、党所属議員が差別発言をしたとして騒ぎになった。結局、保守派の反対で今国会への提出は見送られた。ただ、まだ余波が続いているようで、新聞やテレビでもこの問題が時々取り上げられている。ふだんあまり考えたことのないテーマなので、少し調べてみた。
この件では、LGBT団体が自民党議員に謝罪と撤回、議員辞職を求めている。署名キャンペーンをやっている「自民党『LGBTは種の保存に背く』『道徳的にLGBTは認められない』発言の撤回と謝罪を求めます」を見たら、次のように書かれていた。
自民党が(5月)20日に行ったLGBT新法をめぐる会合の中で、出席者から「道徳的にLGBTは認められない」「人間は生物学上、種の保存をしなければならず、LGBTはそれに背くもの」などの発言があったと報じられています。
(中略)
さらに、山谷えり子参議院議員は会合で「体は男だけど自分は女だから女子トイレに入れろとか、アメリカなんかでは女子陸上競技に参加してしまってダーッとメダルを取るとか、ばかげたことは起きている」などと、トランスジェンダーの実態を無視し、トランスジェンダー女性がさも不正を犯して侵入してくるかのような、あまりに悪質な発言をしています。
(中略)
私たちは今回の一連の発言について、山谷えり子議員、簗和生(やな・かずお)衆院議員(※)には撤回と謝罪、および辞職を。自民党総裁・菅義偉首相には、党を代表しての謝罪と当該議員への辞職の勧告を求めます。
※「(LGBTは)生物学上、種の保存に背く。生物学の根幹にあらがう」という発言は自民党・簗和生衆院議員による発言を(ママ)判明。
また、日本共産党の田村智子参院議員が5月21日に記者会見を開き、自民党議員の発言を「差別発言」だと批判した。田村議員のツイッターには記者会見の動画が貼り付けてあり、別のあるサイトには動画の一部にテロップが付いて紹介されていた。
上記キャンペーンの主張や田村氏の動画を見ているうちに、いろいろな疑問が浮かんできた。まず田村議員と質問した記者のやり取りをテロップを参考に文字化しておく。
記者 生物学的には男性、見た目はもうごっついラガーマンみたいな方が女性と自認されている。で、その方が女子トイレ使いますと。で、女子トイレ入っていきます。その中にいた生物学的に女性で女性と自認している方が「嫌、来ないで。使わないでください」と言った場合、「来ないで」と言った人は生物学的には男性で女性と自認している人を、それは差別していると、そういうことになるんでしょうか。
田村 このLGBTの私たちが作ろうとしている法案というのは、多様な性のあるもとで、そのすべての方々の権利を保障するというのが大前提なんですよ。ですから、男性というふうに見てね、男性という方がそのまま普通に女子トイレに入っていくことは、女性にとって恐怖心を与えるということであるならば、それは全ての方々の人権の保障にはなってないというふうにもなりますよね。で、実際私が様々なトランスジェンダーの方とお話をしたときには、むしろ、だから多機能トイレですよね。誰もが使えるようなトイレを設置してほしい、という要望はお聞きすることはあっても、男だと外から分かる格好のまま女子トイレに入れてくれなんていうことを主張された方と会ったことありませんよ、当事者の方で。そんな意見聞いたこともないですよ。
全ての方の人権保障。一方の性に恐怖心を与えるようなことを私たちは求めてないです。公衆浴場でとかって言う人もいますけども、そんなことやったら猥褻罪ですから。もしも男性のままの格好で女性用のお風呂に入っていったらね。そんなこと求めてないですよ。当事者も求めてないですよ。
全ての人の尊厳を守る。そのために何が必要かということを求める法案だということを是非ご理解いただきたいです。非常にね、自民党が今反対で流しているのは、ほんとにトランスジェンダーの方に対する差別と誤解を広げるような発言です。これは許されないような差別発言だという自覚を自民党の方にはね、こういう発言をされた方には、持っていただきたいと思いますね。
記者 自民党の話は分かるんですけど、その私の「こういうケースはどうですか」っていうケースは、そういうケースは聞いたこともないし、今後も起こりえないという、、、
田村 だからそれは、差別だから許されないなんてことにならないでしょ。だって、一方の女性に恐怖心を与えるようなやり方を認めるっていうことを想定してないですもの。そういうことです、そういうことです。男性も女性もLGBTの方も、全ての方の人権を保障するためにどうするかっていう法案ということです。
この記者の質問は至極もっともだと思う。なぜなら、私もこの法案のことを知ったとき、全く同じ疑問を抱いたからだ。勇気を出してよく質問してくれたと思う。
私がそういう疑問を持ったのは、以前ある体験をしたからだ。何年か前、駅の近くの公衆トイレ付近で、女子トイレから歩道に出てきた「女性」と、ほぼ正面で向き合うかたちとなり、その容姿を見て思わずぎょっとしたのである。
時間帯は夕方。通りは買い物客が行き来して、混雑というほどではないが、結構人通りは多かった。その人はピンクのスカートをはいて、上半身もピンク系統の服だったと思うが、顔はどう見ても男。体つきも男。髭も見えるし、膝下の足にはすね毛も見えた。ちらっと目に入ったとき髪型とスカートから女だと思ったその人は、正面から見れば男にしか見えなかった。
だが、なぜ男性が女子トイレから出てくるのか? 彼はなぜ女性の格好をしているのか? 女装趣味の男性なのか? 女装した男性が女子トイレを使うのは法に触れるのでは? しかし、あれだけ普通に女子トイレから出てきて、周囲の目を気にする様子もなく去って行ったということは、体は男性だが心は女性のトランスジェンダーなのか等々、いろいろな疑問が頭の中を駆け巡ったのだった。
もし私が女性で、そのトイレ内で、一目で男性と分かるその人物と鉢合わせしたら、「こんなところで何をしてるんですか!」と詰問したかもしれない。「私は女なんですよ」と説明されても、女装した男ではないかと疑ったかもしれない。近くに交番があるから交番に駆け込んだ可能性もある。
あくまで想像上の話だが、現実に女装した男が女子トイレに侵入して逮捕された事件は起きているから、あながち的外れな想像とも言えないだろう。
しかし、私にはあの人物が女装趣味の男とは思えないのだ。下手したら通報されるかもしれないのに、わざわざ交番の近くにある女子トイレに入ったりするだろうか。だとしたら、あの人物は何者なのか?
田村議員は「男だと外から分かる格好のまま女子トイレに入れてくれなんていうことを主張された方と会ったことありませんよ、当事者の方で。そんな意見聞いたこともないですよ」と語っているが、にわかには信じがたい。
5月27日に高裁判決で逆転敗訴したトランスジェンダーの経産省職員(生物学的には男性、性自認は女性。性別適合手術は受けていない)の場合、これを報じた記事(朝日デジタル5月27日 性同一性障害のトイレ使用制限、高裁「違法ではない」)を読む限り、自由に女子トイレを使えないのは差別だと主張していた。田村議員が会ったこともなければ、聞いたこともないという人物は現に存在して、裁判まで起こしていたわけだ。
「一方の性に恐怖心を与えるようなことを私たちは求めてない」とも言うが、判決は「ほかの職員が持つ性的不安」に言及している。性的不安を恐怖心に置き換えれば、トランスジェンダーの職員が女子トイレを使うことで「一方の性に恐怖心を与える」可能性があったということだ。
この職員にとって経産省の措置は「差別」である。ということは、同じフロアにある女子トイレを使ってほしくないと思っている女性職員たちも「差別」に加担していることになるだろう。田村議員は「差別だから許されないなんてことにならない」と言っているけれども、この職員は「差別だから許されない」と思って提訴したのだ。田村議員の説明は破綻している。
LGBT問題に取り組んでいる田村議員が、裁判沙汰になっているこのケースを知らなかったとは考えにくい。彼女は「会ったことも、聞いたこともない」として記者の質問を一蹴したが、私には、都合の悪い事実に目を向けさせまいとする悪意、と言って悪ければ印象操作のように思えるのだが。