週刊新潮6月24日号を読んでいたら「噓だらけ『世論調査』の大半はゴミ」という特集があった。大阪商業大学学長の谷岡一郎氏(専門は社会調査論)による寄稿だ。
昨年11月18日、選択的夫婦別姓・全国陳情アクションが早稲田大学法学部・棚村政行研究室と合同で行った「47都道府県『選択的夫婦別姓』意識調査」(インターネットモニター調査)の結果が公表され、「選択的夫婦別姓に賛成が7割を超えた」として多くのマスコミで報道された。
この調査を取り上げた谷岡氏は、「はっきり“ゴミ”とわかる点で教材としてはおもしろい」と批判している。
谷岡氏によると、社会調査における質問は、「あなたの意見は『Aですか、それともBですか』という問いを、『Bですか、それともAですか』と尋ね方を変えるだけで、回答分布が変化してしまうほど微妙なもの」だそうで、上記の意識調査で使用された質問方法は「かなり恣意的」だという。
谷岡氏が指摘するポイントは5つある。
- サンプルサイズへの疑問
- 夫婦別姓に反対が多いであろう高齢グループ(60歳以上)を省いている。
- 「結婚を諦めたこと、事実婚を選択したこと」を聞く質問が調査手法の基本を外れている。
- 選択的夫婦別姓制度の賛否を問う選択肢の解釈がおかしい。
- 調査主体の1つは「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」であり、一定の結論を誘導するための調査と考えられる。
■1、サンプルサイズへの疑問
谷岡氏は、調査報告が「サンプルサイズ:n=7000」「7,000名の方から回答を得た」としていることに、「7,000という数字がサンプル数か有効回答かはわかりません」と書いている。
しかし、この指摘はおかしくないか。
インターネットモニター調査なのだから、サンプルサイズの7,000は有効回答数だろう。有効回答が7,000集まったところで調査を終えたということではないか。統計学に詳しくないのでよく分からないが、この指摘はちょっとピンとこない。
それよりも私が気になったのは、上記調査が7,000人の回答者をどういう基準でどうやって選び出したのかという点だ。この7,000人に特定の偏りはないのかどうか。
インターネットモニター調査の場合、回答者がネットを頻繁に使う人に限定される恐れがある。ネット利用が当たり前の時代になったとはいえ、時々ネットを使う程度の人は、こういう調査は受けないだろう。
調査を実施した株式会社インテージのHPを見ると、アンケートに答える登録モニターを募集している。
「キューモニターになって、社会や企業に声を届けよう!」というキャッチコピーを掲げており、この会社に登録した人は、社会や企業に声を届けたいという思いを持った人だと分かる。もし回答者7,000人が、全員こういう意識の持ち主だとしたら、調査結果が日本国民の意見を正確に反映したものになるとは思えない。そんなふうに思っている国民は(割合は分からないが)一部だからだ。
■3、質問が調査の基本を外れている
結果を公表したウェブサイトには、引用文にある通り、
今回の調査で初めてその存在が数量的に示されたのが、「別姓が選べないために結婚を諦めたことや、事実婚を選択したこと」が「ある」と答えた人の存在です。(中略)その数、なんと7000人中94人! 改姓を強制する現在の制度が、結婚という人生の大きな選択を1.3%も妨げているというのは衝撃的です。
と書かれている。
谷岡氏によると、一度に2つのことを聞くのは「ダブルバーレル質問」と言って、やってはいけないこととされ、社会調査論の初歩的知識だという。確かに、「別姓を選べないために結婚を諦めたことや、事実婚にしたことがありますか」という書き方では、読点を挟んで2つの質問をしていることになる。
週刊新潮には書いていないが、この「ダブルバーレル質問」によって実際に次のような問題が起きている。
陳情アクションの調査報告を細かく見ていくと、
「別姓を希望し、現制度のために婚姻を諦めた、あるいは事実婚を選択することになった経験のある方は7000人中54人(0.8%)」
という記述が出てくる。
ここで「あれ?」と思う。
ちょっと待ってくれ、94人で1.3%じゃなかったのか?
そう思ってすぐ下を見ると、
「別姓を希望してはいないが、現制度のために婚姻を諦めた、あるいは事実婚を選択することになった経験のある方も7000人中40人(0.6%)」
と書いてある。
なんと、この40人(0.6%)は別姓を希望していないのだ。
この人たちは「別姓が選べないために結婚を諦めたことや、事実婚を選択したこと」が「ある」と回答した集団の一部だ。
しかし当該40人は「別姓を希望していない」のだから「別姓が選べないために結婚を諦めた」とは考えられない。おそらく質問文の後半の「事実婚を選択した」の文言だけに注目して「ある」と回答したのだろう。
国語的に言えば、質問文の「別姓が選べないために」は「結婚を諦めたこと」にしかかからない。「事実婚を選択~」の直前に読点が入っているからだ。正確な読解力のある人は、別姓を希望するしないにかかわりなく、単に事実婚を選択しただけでこの質問文に「ある」と回答するだろう。世の中には入籍への抵抗感から事実婚を選択する人だっている。
ところが調査報告は、別姓を希望していない人が40人(0.6%)いるにもかかわらず、別姓を希望している54人(0.8%)と合算して「改姓を強制する現在の制度が、結婚という人生の大きな選択を1.3%も妨げている」と数字を誇張した。私にはそうとしか考えられない。40人と54人を足した94人を7000人で割れば、1.34%≒1.3%となり、計算が合う。
別姓が選べないことは、そもそも別姓を希望しない人の選択には何ら影響を与えないのだから、2つの数値を合算するのはおかしい。
陳情アクションは、過大な数字が出ることを見越して、わざと「ダブルバーレル質問」を作成したのではないだろうか。あくまで推測だが、、、
■4、選択肢の解釈がおかしい
4について。谷岡氏はこう書いている。
賛否の選択肢は、
①「自分は夫婦別姓が選べるとよい。他の夫婦は同姓でも別姓でも構わない」(34.7%)
②「自分は夫婦同姓がよい。他の夫婦は同姓でも別姓でも構わない」(35.9%)
③「自分は夫婦同姓がよい。他の夫婦も同姓であるべきだ」(14.4%)
④「その他、わからない」(15.0%)
とされており(①~④の番号は筆者が補記)、最初の①と②を合わせて7割を超える賛成を得たとのことでした。
ただ、もう一度よく読んでみて下さい。どこかヘンですよね。
②を選んだ人は、「自分は夫婦同姓がよい」と答えていると見るのが素直な読み方で、「別に他人はどっちでもいいよ」という人まで「選択的夫婦別姓に賛成」に加えるのは、さすがに強引なのではないか。
※パーセンテージはtsurishinobuが挿入
これだけの記述では物足りない。もっと突っ込んだ分析が欲しいところだ。それでも言いたいことはわかる。
②を選んだ人は「自分は夫婦同姓がよい」と言っているのだから、この調査で分かるのは、「自分は夫婦同姓がよい」と答えた人が合計50.3%(②+③)いるということだ。「自分は夫婦別姓が選べるとよい」は34.7%だから、同姓支持派の方が別姓支持派よりも断然多いのである。
また、「別に他人はどっちでもいいよ」という人が、選択的夫婦別姓制度を支持するとは限らない、と谷岡氏は示唆している。
以下は、私なりの分析だ。
「他の夫婦は同姓でも別姓でも構わない」と言うとき、同姓を原則とし、別姓を例外的に認めるという考え方もあり得る。法務省のQ&A(Q2とQ3)にもその考え方が出ているが、これは選択的夫婦別姓とは異なる。この考え方で②を選んだ人を「選択的夫婦別姓に賛成」のカテゴリーに入れることはできない。
もう一つ気になったのは、選択肢に内閣府の調査にあるような「同姓を維持した上で、通称使用を拡大する」という意見が入っていないことだ。通称使用の利便性を高めて通称を使う人が増えれば、事実上「同姓でも別姓でも構わない」という状況が生まれるわけで、この選択肢に共感している人は、上記調査では②を選ぶ可能性がある。
こう考えてくると、「自分は夫婦同姓がよい。他の夫婦は同姓でも別姓でも構わない」のパーセンテージ35.9%は、選択的夫婦別姓を支持した人とイコールにはならない。相当割り引いて考える必要のある、水増しされた数値だと私は思う。
■内閣府の調査について
ここまで書いてくる途中、内閣府の調査を見たが、最新の2017年調査に対するメディアの評価が「選択的夫婦別姓への賛成が反対を大きく上回った」としていることに強い違和感を覚えた。はっきり言ってウソじゃないだろうか。私には同姓制度維持派が多数としか読み取れない。これについては日を改めて書く。