吊りしのぶ

気の向くまま、思い付くままに。記憶にとどめたいoutputの場として。

毛沢東の暴政で8000万人の死者というワシントン・ポストの報道

中国共産党が創立100周年を迎えたということでNHK「国際報道2021」が2回シリーズで中国を取り上げた。たった2回で終わりなのかと拍子抜けした。

中華人民共和国はどこから来て、何をしてきたのか。また今何をしているのか、どこへ向かおうとしているのか。国民に伝えるべき情報も分析すべき課題も非常に多い。

ドキュメンタリー番組制作などで中国当局と緊密な関係にあるNHKが正面切って中国を批判するのは期待するだけ野暮だが、時に「ニュースウォッチ9」より踏み込んだことを言う「国際報道」なら、もっと中国の闇に切り込んでくれるかと期待したが、全然物足りなかった。

www.nhk.jp

気になったことはいくつもある。

1つは「一党支配」という言葉。これは、はっきり「一党独裁」と言うべきではないか。中国は言論の自由も集会・結社の自由もなく、基本的人権も尊重されない独裁国家である。

中国では新聞記者などジャーナリストは党の研修を受け、党に忠誠を誓わない限り、仕事ができない。官製記事を書くのは人民日報や環球時報だけではない。どのメディアも共産党の息がかかっていて、その拘束から逃れられない。

人民解放軍も党の軍隊であって国家の軍隊ではない。一国二制度が50年間保障されたはずの香港でさえ、約束を反故にして自由を奪ってしまった。ウイグル族への人権弾圧は、不妊手術の強制や強制労働などが「ジェノサイド」に当たると批判されている。

一党独裁」と言わないのは、中国当局への忖度としか思えない。

2つめは、共産党の歴史を振り返るとき、天安門事件に触れるのはいいとして、なぜ大躍進政策文化大革命の悲劇に触れないのか。少々古い情報だが、毛沢東の暴政による犠牲者は「8,000万人」という説もある。8,000人ではない、8,000万人だ。

この数字は、毛沢東が権力の座にあった1950~76年に発動された、人海戦術で工業生産を高めようとした大躍進政策紅衛兵が蛮行の限りを尽くした文化大革命などの死者数で、餓死者を含む。報じたのはワシントン・ポストである。

 同紙(ワシントン・ポスト紙)は、この数字について中国や西側学者の研究と同紙独自の調査を総合した結果としており、具体例を挙げて数字の正確さに自信を示している。経済政策の失敗や文革の犠牲についてはこれまでも研究や報道があったが、大幅に塗り替えられることになる。

 同紙によると、死者の多くは「人災」と断定できる飢きんによる犠牲者。原因のほとんどは大躍進政策を強引に推し進め、西側に追い付こうと農業生産より工業生産を重視した毛主席の誤りとしている。プリンストン大現代中国研究センターの陳一諮氏によると安徽省の飢きん(59-61年)では、4,300万人が死亡したという。

 中国社会科学院が89年にまとめた581ページに及ぶ調査資料によると、この飢きんでわが子を殺して食べてしまった例や人肉が商品として取引された例などが記録されているという。このため中国政府自身がある程度実態を把握しつつあるのではないかとみられる。

 こうした数字が事実とすると、毛主席はスターリンなどを上回る史上まれにみる残酷な指導者ということになる。(産経1994年7月18日)

いくら毛沢東が建国の父だからといって、あくまで中国国内の話であり、私たち日本人が毛沢東の圧政の事実を指摘していけない理由はない。

読売新聞には、かつて「文化大革命の10年、拷問、迫害、派閥間の衝突などによる死者は、1,000万人に達したとの推計がある」という記事が出た。

また『現代史再訪Ⅲ』(読売新聞社編集局編)には「大躍進政策の誤りを是正する機会を失った中国は、この年(1959年)から3年間連続の自然災害にも見舞われたため、穀物が大幅に減産し、食糧不足で2千万人とも言われる餓死者を出す」と書かれている。

共産主義国家がいかに多くの人命を奪ったかについてはフランスの研究者による『共産主義黒書ソ連篇アジア篇』が詳しい。本棚のどこかにあるはずの翻訳書が見つからないので、同書のより新しい研究成果は確認できないが、8,000万人が800万人に減ったとは考えられない。仮に犠牲者が800万人だとしても、大変な数字だ。

「数字が事実とすると、毛主席はスターリンなどを上回る史上まれにみる残酷な指導者ということになる」という産経新聞の指摘を私たちは肝に銘じるべきだろう。

現代中国の指導者たちが毛沢東を崇め奉っているということは、毛沢東の犯した重大な過ちを不問に付しているに等しい。日本のメディアが天安門事件を取り上げることは、鎮圧を命じた鄧小平を批判するという点で正しいが、それだけではバランスを欠く。毛沢東を聖域扱いする報道には、何とも言えない腹立たしさを感じるのだ。

3つめ。日本政府は日中国交回復以来、対中ODA(政府開発援助)で中国に膨大な資金を供与し続け、それは第2次安倍政権の時期まで続いた。大国化して久しい中国にODAを供与し続ける愚を指摘し、廃止を断行したのは安倍前首相だ。

中国が急速な経済発展を遂げ、世界第2位の経済大国になったのは、日本の経済援助や民間の善意による経済協力抜きには考えられない。そのことは事実としてきちんと指摘すべきなのに、「国際報道」では一言の言及もなかった。

たとえ恩着せがましいと言われようと、事実は事実である。古森義久氏の『「ODA」再考』(PHP)によれば、中国政府も党も、日本が経済援助した事実を中国人民にほとんど知らせていない。ならば、当事者である日本が、声を大にして言うしかないではないか。日本が言わなければ、いつまでたっても中国の人民は知らないままなのだ。

これは、日韓基本条約と請求権協定で日本が韓国に巨額資金を払い、韓国政府はそのお金を経済建設に投じて「漢江(ハンガン)の奇跡」を成し遂げたのに、そのことをほとんどの韓国人が知らされてこなかったのとよく似ている。

さんざん世話になった人の物を盗る人間を、忘恩の徒という。いま尖閣諸島を「核心的利益」と勝手に称し、世界に向かって「中国の領土だ」と宣伝しまくり、執拗に領海侵犯(国際法上、領海の無害通航は認められているが、出て行けと抗議しても出て行かず、徘徊を繰り返す中国公船の動きは、まさに領海侵犯である)を続ける中国は、忘恩の徒としか言いようがない。

習近平主席は、世界第2位の経済大国になったことを誇るのだろうが、そうなれたのは誰のおかげなのか。公の場で日本と日本国民に心のこもった感謝のメッセージを発してしかるべきだ。それがないのであれば、日本のメディアは「おかしいぞ。日本を無視するのか」と厳しく批判すべきだろう。