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「14歳と性交」発言の立憲民主党・本多議員をあえて擁護する

立憲民主党本多平直衆院議員が「50歳と14歳が同意性交して捕まるのはおかしい」と発言して世間の非難を浴びたのは5月のことだ。立民執行部は厳重注意では収まらないとみて第三者委員会を立ち上げ、その結果を受けて党員資格停止処分とするそうだ。

奥さんが同じ立民の西村智奈美衆院議員とは知らなかったが、納得がいかない西村氏は処分撤回を求める「嘆願書」を党に提出したとのこと。処分が重すぎるという西村議員の気持ちはよくわかる。

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私は立憲民主党・本多議員の支持者ではない。しかしことこの問題に関する限り、立民執行部が本多議員を処分するのは間違っていると思う。マスコミや世間が本多氏の意見を批判するのは自由だが、処分など求めるべきではない。少なくとも「言論の自由」というものを尊重するならば、だ。

本多氏の発言は、立民の「性犯罪刑法改正ワーキングチーム」の会合で飛び出したものだ。まだ改正案や党見解が出来上がる前のことである。本来なら、性犯罪の刑法改正案について、あらゆる角度から検討し、参加する議員たちがとことん納得するまで議論を尽くすのが党内会合のあるべき姿だろう。

そこでは、時には突拍子もない意見が出るかもしれない。議員は専門の学者ではない。先入観もあるだろうし、偏見もあって当然だ。勉強不足ということもあるかもしれない(1人の議員があらゆる領域に通じていることはあり得ない)。

また、議員の支持者や陳情者から求められて意見を言うことだってあるはずだ。議員は支持者の声を無視できないからだ。仮に本多氏の支持者なり支持団体なりに、性解放を進めるべきだ(または、後退させるべきでない)という考えの持ち主がいたら、本多氏が上記のような発言をすることは十分あり得る。

どんな意見が出たとしても、自由闊達に議論して、それがおかしいなら他の議員たちが「それはおかしいですよ」と条理を尽くして説得すればいい。そうやって、各自が率直な意見を出し合い、理性的に議論をしていけば、極端なことを言っていた議員は自分の考えが間違っていたと気づくか、多勢に無勢でとても通るものではないと知って自分の考えを取り下げるようになる。

結果として、議論はおのずと落ち着くべきところに落ち着き、会合に参加した全員が一定の納得感を持ってその結論に同意できるようになる。そうならない場合、つまりいくら議論しても平行線で結論に至らない場合は、時期尚早として時を改めるしかない。

これが言論の自由が尊重された世界で行われる民主的な討論というものだろう。

討論のプロセスで非常識な発言が飛び出したからといって、いちいち謝罪したり、撤回したり、ましてや所属政党から処分を受けたりしていたら、自由な党内議論はできなくなる。世間の常識に合わない発言をすると、誰かにリークされ、マスコミや世論の攻撃にさらされるということになったら、もはや本音の議論はできない。内心おかしいと思うことでも、口をつぐんで話せなくなる。誰も本音を言わなくなる。こんな会合のどこが民主的なのか。どこに言論の自由があるのか。

今回、立民は性交同意年齢を現行の13歳から引き上げようとしたが、これには当然、性解放を進めたい人たちからの反対意見があり得る。「日本のどの団体がそんな主張をしているのか?」と聞かれても私にはわからない。あくまで一般論として言っているだけだ。

現に、最近亡くなった立花隆氏は、もう40年前の本だが、アメリカの性革命をレポートした『アメリカ性革命報告』の中で、一部のフェミニズムの活動家たちが性交同意年齢の引き下げ(=低年齢化)運動をしていると書いている。

現在各地でウーマン・リブの運動家たちが強姦罪の改正運動をすすめ、夫婦間でもそれが成立するなど強姦罪確立の枠を広げようとしているが、ニュージャージー州においてもその運動が功を奏し、1978年に強姦罪の改正案が成立した。しかし、この改正案は同時に、性交許容年齢を従来の16歳から13歳に引下げるという条項を含んでいた。(中略)日本の刑法の場合には、それは以前から13歳である。ニュージャージー州の場合、それを日本なみにしたのが今回の改正であったわけだ。強姦罪成立を推進したウーマン・リブの活動家たちは、この改正を、ティーン・エージャーの性行動の現状に即した法律にするためと主張した。(文春文庫版252~253ページ)

改正法に含まれていた性交同意年齢の13歳への引き下げは、その後、この問題の重大性に気づいた州民たちが反対の声を上げ、「カトリック、全米黒人向上協会、父兄グループなどが中心になって、この条項の再改正運動を進め、ついに79年5月、州民投票に訴えて、この条項をもとに戻してしまった」という。

おもしろいことに、40年前のアメリカでは、リベラル派が性交同意年齢を13歳にすべきと運動し、保守派は16歳のままでいいと運動したのに対し、今の日本では、リベラル勢力である立民が、アメリカの当時の保守派や一般大衆がよしとした16歳に引き上げるべきと主張していることだ。

ここからわかることは、日本国内にも、アメリカ的な性革命を志向する立場から、「性交同意年齢は13歳のままでいい」と考えて立民案に反対する人がいるかもしれないし、そういう人がいても全然おかしくないということだ。性交同意年齢を16歳に引き上げることは「ティーン・エージャーの性行動の現状に即し」ていないとする考え方だ。

もし本多議員がそう考えていたとするなら、謝罪などするべきではなかったし、世間に対して堂々と自分の意見を言えばよかった。あるいは、支持者や支持団体からそういう陳情を受けていたのなら、陳情があって自分も一理あると思ったから、などと言えばよかった。もちろん、党内論議は自由で非公開だからとして、一切ノーコメントで通すというのも一つのやり方だったと思う。

いずれにせよ、国会議員は法律を作るのが仕事であり、その過程では、法案・党見解やその叩き台をあらゆる角度から検討し、吟味する義務がある。本多議員に問題があったとすれば、非常に高圧的な態度で上記の発言をしたそうで、それが事実ならその点はよくない。しかし、発言すること自体は、内容のいかんにかかわらず、何の問題もない。

私は本多氏の主張には同意できないが、党内会合でこの種の発言をしたからといって同氏を処分するのは、国会議員自ら「言論の自由」を損ねる自殺行為だと思う。国民が同氏の処分を求めるのも間違っていると思う。

結局、立民は「言論の自由」は大事だと言いながら、世論から非難されるとあっさり大事な「自由」を捨ててしまった。政権奪取のためならいくらでも世論におもねるポピュリズム政党の面目躍如といったところか。

今からでも遅くない。頭など抱えていないで、同党国会議員である奥さんの嘆願書と真摯に向き合うべきだ。

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