小山田圭吾氏の辞任に続き、五輪開会式の演出担当、小林賢太郎氏が電撃解任されたことで一部メディアはここぞとばかりに組織委員会を批判し、任命責任を追及している。全く見苦しいというか、醜いというか。
AERAdot.はスポーツ紙の芸能担当にこう語らせている。
「小林さんはラーメンズ時代にシュールで独特な世界観の笑いが人気だった。中毒性が高くハマる人はハマっていましたが、毒舌な部分は一歩間違えれば人を傷つける恐れがある。マニア受けはしますが、大衆に迎合する笑いではないですね。
五輪、パラリンピックの開閉会式で制作、演出が決まった時も、一部のファンの間では『ユダヤ人大量虐殺のコントをしていた人を選ぶなんて組織委は正気じゃないな』と話題になっていました。多分、組織委はこのコントを知らなかったのでしょう。調べればすぐ出てくるのに…」
おかしいではないか。
「一部のファンの間では『ユダヤ人大量虐殺のコントをしていた人を選ぶなんて組織委は正気じゃないな』と話題になって」いたのなら、そして「調べればすぐ出てくる」のなら、これを語ったスポーツ紙も、コメントを取ったAERAdot.も、なぜ今回の問題が起きる前に本人に取材して報道しなかったのか。
そもそも小林賢太郎氏の起用は、今から1年半も前の2019年12月に東京五輪組織委員会から正式に発表されている。
当時、独自に報じたメディアもあるかもしれないが、共同通信が記事を配信しているから、各メディアはそれを使って報道したはずだ。
■パラ開閉会式に4百人超公募 組織委、来年1月10日まで(共同通信2019年12月9日)
2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会は9日、パラリンピック開閉会式の出演者として計約420人を公募すると発表した。(中略)
募集するのは、開閉会式で主役となる若干名の「リーディングキャスト」のほか、ダンスなどの特技を披露する約20人の「オリジナルキャスト」、集団パフォーマンスを披露する400人規模の「マスキャスト」。いずれも14年4月1日以前に生まれた人が対象で、未成年者は保護者の同意が必要となる。
障害の有無は問わない。パラ開閉会式担当のクリエーティブディレクター佐々木宏さんは記者会見で、積極的な応募を呼び掛け「五輪の開閉会式に負けないようにしたい」と強調した。ともに演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチさんが開会式、小林賢太郎さんが閉会式の演出を手掛けることも発表された。
ここにはっきり「小林賢太郎さんが閉会式の演出を手掛ける」と書いてある。この発表から1年半、マスコミは何をやっていたのか。AERAdot.だって当然知っていただろう。
なのに、今回問題になったような小林氏の過去に関する報道は、私が知る限り一切なかった。
「調べればすぐ出てくる」話ではなかったのか。調べればすぐわかることを調べなかったのは、組織委だけでなく、AERAdot.もそうだろう。いわば同じ穴のムジナだ。
ところが、AERAdot.は開き直ってこう書く。
小山田氏、のぶみ氏、小林氏と次々に五輪・パラリンピックの制作から去ることになったが、組織委の任命責任も重い。
組織委を取り仕切る武藤敏郎事務総長は小山田氏が辞任した時の会見で、「一人一人、我々が選んだワケではない」と釈明していたが、それでは済まない事態になってきた。
なぜこのような事態になってしまったのか。コロナ禍で五輪開催の是非を巡る問題とは別個だ。あまりにも危機感がないと思われても仕方ないだろう。
小林賢太郎氏起用の重大な誤りについて、自ら報じることをしてこなかったAERAdot.が、なぜこんな偉そうなことを言えるんだろう。
たとえ1年半前の組織委の発表がAERAdot.の関心を引かなかったとしても、今月14日の組織委員会の発表には注目したはずだ。
有力メディアのAERAdot.がこの発表に注目しなかったとは、到底考えられない。
この日、共同通信は次のような記事を配信した。
■コンセプトは「前を向いて」 五輪開閉会式、組織委発表(共同通信2021年7月14日)
東京五輪・パラリンピック組織委員会は14日、両大会の開閉会式の共通コンセプト「Moving Forward(ムービングフォワード)」を発表した。「前を向いて生きるエネルギー」の意味を込めた。
式典のエグゼクティブプロデューサーの日置貴之氏は、新型コロナウイルス禍で「いろいろな人たちが大変な思いをしながら生活している中、少しでもこの大会が皆さまの足を一歩前に進めるきっかけになればという思いを込めた」と説明した。(中略)
組織委は14日、開閉会式の制作・演出チームの詳細なメンバーも発表。クリエーティブチームには演出家の小林賢太郎氏らが名を連ねた。聖火台のデザインは、欧州などで高い評価を受けている佐藤オオキ氏が手掛けた。(以下略)
ここで小林賢太郎氏は、当初発表されたパラリンピック閉会式のみの担当ではなく、オリ・パラ双方の開閉会式に関わることが明らかにされている。しかも、組織委が発表した「制作・演出チームの詳細なメンバー」の筆頭に名前が出てくるのだ。
AERAdot.は、なぜこの時すぐに小林賢太郎氏のことを調べなかったのか?
調べさえすれば、小林氏が「ユダヤ人大量虐殺のコントをしていた人」だと分かったはずだ。分かっていれば、「この人選はまずい。国際問題になる」と容易に予想できただろう。これは重大ニュースである。報じないという選択肢はない。
では、なぜ報じなかったのか?(AERAdot.の「ニュース」バックナンバーを見ても解任当日の22日まで報道はない) 思うに、調べなかったのだろう。関心もなかったのだろう。
あるいは、五輪の開閉会式で演出を担当するほどの人物に醜聞なんかあるはずがないと決めつけていたのかもしれない。
調査のプロである自分たち自身、無関心ないしは思い込みで「問題なし」とスルーしていたくせに、組織委が自分で人選したわけでもない(人選は当然、総合プロデューサーがやっているはず)小林賢太郎氏の過ちが明らかになると、「組織委の任命責任も重い」とか「あまりにも危機感がないと思われても仕方ない」とか、一体どの口でそれを言うのかと怒りを覚える。
だいたい小山田圭吾氏にしても、坂上忍やメディアは組織委を責めるが、彼は過去20年ずっと表舞台で活躍してきた人物だ。
NHKでは子ども向け番組「デザインあ」の楽曲を手掛けており、ウィキペディアによれば、NHKで自分の名前を冠した番組まで放送していた。
小山田氏は有名ミュージシャンとして新聞にも登場している。
朝日新聞は「『谷川俊太郎』とは何者か 詩と私的生活、解剖する展覧会」と題する2018年1月29日の記事で、
展覧会のもう一つの目玉は、谷川さんと親交があるミュージシャンの小山田圭吾さんらも参加した映像インスタレーションだ。ひらがな詩「かっぱ」「いるか」「ここ」を朗読した谷川さんの声と各文字などの映像を1文字ずつ、24のモニターで連続的に見せる。
「分解されることで、言語のエレメント(要素)としての面白さが出てきて新鮮だった」と谷川さんも語った。
と書き、小山田圭吾氏を持ち上げた。
天下の朝日新聞が、谷川俊太郎と「親交があるミュージシャン」と紹介すれば、読者の誰もが「小山田圭吾ってすごいんだな」と思うに違いない。
しかし、朝日の記者はこの時、小山田氏の過去を調べた上で書いたのか。イジメ発言を知っていたのか、それとも知らなかったのか。
小山田氏の過ちが発覚したとき、「調べればすぐわかること」と坂上忍の番組も言っていた。それが事実なら、やはり上記の朝日記者も、調べなかったか、調べて気づいても「大したことない」と無視したかのどちらかだろう。
それとも、NHK同様、小山田氏に確認したら本人が「反省している」と言ったのでよしとしたのだろうか。
小山田氏の音楽活動を高く評価した記事は、2018年に毎日新聞も書いているが、もう長くなるからよそう。
要するに、マスコミは小山田圭吾氏について、調べればすぐ分かることも調べようとせず、これまで何の疑念も抱かずに紙面に載せ、テレビ番組に起用し、問題視することはなかった。むしろ箔付けに貢献してきた。
それでいながら、過ちが発覚するや鬼の首でも取ったかのように組織委員会を非難し、責任を追及する。これを醜いと言わずして何と言うのか。
AERAdot.で「一般紙の五輪担当記者」はこう語っていた。
「組織委の身辺調査が甘すぎる。人種差別は最もデリケートにならなければいけない。本人にその意思がなかったとしても、受け手が差別と感じるような言動は言い訳できない。未然に防げた不祥事です」
よく言うよ。あなたたちでさえ分からなかったのに、素人の組織委員会に見抜けるはずがないじゃないか。
未然に防げたというなら、これを語った「一般紙の五輪担当記者」はなぜもっと早く小林賢太郎氏の問題を報道しなかったのか。この1年半の間、五輪担当記者のくせに何をやっていたんだ。
組織委員会の責任を問う前に、自分たちが小林氏の問題を早い段階で指摘できなかったことの責任について語ってもらいたいものだ。