吊りしのぶ

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コロナで政府批判に終始する報ステが、観客入りで沸くプロ野球を嬉々として伝える無神経に驚く

デルタ株が猛威を振るい、感染拡大が止まらない新型コロナ。8月半ばには東京都の新規陽性者が1万人を超えるだろうと専門家が言っていたことを考えると、その半数程度にとどまっていることから、緊急事態宣言は一定の効果を上げていると考えられる。

それにしても報ステは毎度毎度、政府の批判に終始して辟易する。政府は何をやっているんだ、これまで何をしていたんだと言いたい放題だが、私権制限を伴う対策には一貫して慎重、もしくは批判的だったではないか。野党が政府を批判すれば、いつも足並みを揃えて政府を批判してきたのが報ステだ。

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報ステ2021年8月21,22日の世論調査

最近、報ステの世論調査で「ロックダウン(都市封鎖)をやるべし」とする意見に67%が賛成していた。コメンテーターで共同通信の太田昌克氏は「この数字を見てビックリした。ロックダウンも検討すべし」と踏み込んだことを言っていたが、今ごろそんなことを言っても遅い。

FNN世論調査では、ロックダウンやるべしの割合はさらに高く、73.6%に上っている。

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FNN世論調査8月22,23日

このロックダウンはとっくの昔に検討し、改憲の是非も含めて考えておかなければいけなかったことだ。

もちろん、それをやらなかった政府や国会も悪いのだが、報ステだって、これまで「いざという時はロックダウン」などとは一言も言ってこなかった。ロックダウンは憲法改正をしない限りできない。憲法に緊急事態条項を入れない限り、できるはずがないのだ。

立憲民主党の枝野氏は、現行憲法の「公共の福祉に反しない限り」を根拠に、やろうと思えば強い対策はできる、緊急事態条項なんてもってのほかだという意味のことを言っていたが、「公共の福祉」を理由にロックダウンのような強い私権制限ができるなら、そもそも海外の憲法に緊急事態条項が入ることはなかっただろう。

なぜ多くの国の憲法に緊急事態条項が入っているのか?(西修著『世界の憲法を知ろう』海竜社によると、1990年以降に新しく制定された103の憲法中、全ての憲法に緊急事態条項が入っているという) この条項を発動することで、平時と有事の切り替えが可能になるからだ。「公共の福祉」を理由とした私権制限は一定程度までは許されても、当然限界がある。限度を超えればそれこそ憲法破壊の強権政治になってしまうからだ。

そういうことが起きないようにするため、また有事の際に、事態を収拾するのに必要なことは何でもやれるようにするため、その根拠となる規定を憲法に置くのが緊急事態条項である。これなくして、本当にロックダウンができるのか?

そもそも日本の憲法学界の多数派は、この「公共の福祉に反しない限り」を、権利と権利が衝突する場面で、そのぶつかり合いを調整するための憲法的根拠と解しているのではなかったか。枝野氏が言うように、日本社会や地域社会の秩序が大きく乱れ、平穏な日常が崩壊しているときは私権制限ができる、というようには彼らは解していない。異なる権利が衝突するのを放っておくと混乱が生じるから、その時は一定の権利の抑制を図ることも許される、という解釈だったはずだ。

このような解釈が行き渡っているからこそ、野党もマスコミもとにかく私権制限には極度に敏感で、何かと言えば反対するのだろう。

こういう状況で、現行憲法をそのままにして、ロックダウンなどできるはずがない。2020年2月、3月、コロナの感染が拡大したとき、小池都知事が「ロックダウン」を口にしたことがあった。あの時、安倍内閣は「日本ではロックダウンはできない」として火消しに走った。それが内閣法制局の見解に基づいていたことは間違いない。

当時、安倍首相は3月から春休み期間までの学校の一斉休校を要請したが、国民からはブーイングの嵐だった。その時はまだ特措法(新型インフルエンザ等対策特別措置法)は改正・強化されていなかったから、安倍さんとしては相当思い切った措置をやったと思う。

で、国民は歓迎したかというと、全く違う。今書いたように、国民もマスコミも野党もブーイングの嵐。それが収まったのは、海外でも同様の一斉休校をやっているのがわかってからだ。

そして特措法の改正をやって第1回の緊急事態宣言発出となる。しかし、あの時も、特措法の改正・強化に野党やマスコミは、さすがに反対はしていなかったが、「私権制限に懸念」とそればかり言っていたように思う。

また、今に至るまで国会では改憲をめぐる議論が野党のくだらない反対のため一向に進まなかった。改憲項目の中には緊急事態条項もあったのに、野党は一貫して反対。のみならず、議論の土俵に乗ることすらしなかった。改憲は国会両院の総議員の3分の2の賛成がなければ発議ができない。発議できないということは、国民に正式な改憲案を提示できないということだ。

衆議院の任期満了が目の前に控える今、もはや改憲論議などできるはずもなく、したがっていかにロックダウン賛成の国民が増えても、それはやりようがないし、絶対できない。

つまり、政府がどんな対策をやるにしても、お願いベースが基本になり、罰則を科しても所詮、軽い程度の罰則にしかならない。現に、酒類提供を伴う飲食店への自粛要請では、「うちは罰金を払ってでも営業する」と公言する店がたくさんあるではないか。現行憲法の下での緊急事態宣言は、その程度の威力しかないのである。この上、自粛要請の対象を拡大したところで、「要請に従っていたら、経済的にやっていけない」と言われたらそれ以上どうしようもない。

報ステの太田氏が、いまごろ「ロックダウンも検討すべし」などと言うのだったら、なぜ国会で緊急事態条項創設と改憲の議論をやれと、もっと早く、多少なりとも感染が収まっていた時に言わなかったのか。

それは、太田氏自身、感染がここまで急拡大するとは予想していなかったからだろうし、こういった最悪の事態が起きたときへの備えについて、何も考えていなかったからだろう。

番組では、「政治の最大の目的は、国民の命を守るため、最悪の事態に備えることだ」ともっともらしいことを言っていたが、ジャーナリストとしてその政治に関わる太田氏自身、「最悪の事態に備えるためには緊急事態条項の創設が必要だ」とは考えなかったのか。

太田氏はもっと早くこう言うべきだった。

「今感染が収まっている時だからこそ、国会で早くこの条項について与野党議論して、合意して、改憲のための発議をせよ、国民投票にかけよ」

しかし言わなかった。

改憲など夢にも考えていない様子の太田昌克氏に「政治の最大の目的は、国民の命を守るため、最悪の事態に備えることだ」なんて言ってほしくないし、言う資格もない。

コロナ感染が始まってから、太田氏は一度でも改憲による緊急事態条項創設に言及したことがあったろうか。最悪の事態に備えるためにロックダウンができるように準備せよ、と語ったことがあるだろうか。私が報ステを見てきた限りではない。

「政府は後手後手だ」と政府を批判するが、報ステだって同じだろう。ロックダウンが必要だという声は、もうだいぶ前から国民の間で広がっていた。

本来なら、その声を拾って、「日本でロックダウンをやるにはどうすればいいのか。現行憲法の下でできるのか。もしできないなら憲法改正をやるべきではないか。改憲をしないで最大限できることと、改憲をしてできることの違いは何か」といったことを、番組でやればよかったのだ。しかし、そんなことは一切やってこなかった。

「ロックダウンに賛成67%」という数字が出た今でもやっていない。だいたいこの世論調査自体、質問はロックダウンについて聞いているが、改憲の必要性については一切ふれていない。

結局、報ステもまた、現状を追いかけて報じるだけで精一杯で、「最悪の事態に備えた」番組作りはしてこなかった。後手に回っているという点では政府と何も変わらないのだ。本気で国民の命のことを考えているとは全く思えない。

ここまで書いて、タイトルのことをすっかり忘れていた。これも報ステ批判になるがやむをえない。

いつも思うのだが、番組でさんざんコロナの状況を論じ、政府や各知事、専門家の訴えも伝えていながら、スポーツコーナーになった途端、大勢の観客を入れて盛り上げるプロ野球の結果を嬉々として伝えているが、キャスターの皆さんも太田氏もニコニコしながら見ている(時々ちらっと映るだけだが)。

コロナを報じるときは、政府や知事や専門家が口を揃えて「人流の抑制を徹底してほしい」「外出は自粛を。テレワークの徹底を」「今は総力戦だ」「ロックダウン的なことをやるべき」と言うのを伝えておきながら、プロ野球になると、球場に5000人、7000人、9000人等々の観客が詰めかけて、声を上げて応援している様子を平気で伝えている。あの光景を見て、彼らはまずいと思わないのだろうか。

オリンピック中止を論じていたとき、彼らは何と言っていたか。「オリンピックもやっているのに、なんで俺たちが外出を自粛しなきゃいけないんだ、とみんな思うだろう」と。

その論理を使えば、「プロ野球であんなに観客が入って大声を出して声援しているのに、なんで外出を自粛しなきゃいけないんだ。人流抑制なんてくそくらえだ」と思う人が出てくるだろう、という結論になる。

報ステは、観客を入れて試合をやっているプロ野球をなぜ批判しないのか。

静岡草薙球場では、ヤクルトvs中日戦が行われ、確か7000人だったか9000人だったかの観客が入っていた。声も相当出ていたように思う。しかし、静岡県には緊急事態宣言が出ている。緊急事態宣言下でも一定条件内で観客を入れることはできるが、感染拡大が止まらず、医療体制は崩壊状態に陥っているのに、なぜ進んで無観客にしないのか私には理解できない。観客を入れるということは、人流を増やすことになるからだ。県や政府に言われなくても、今は観客を入れてやるような時ではないと、感染拡大の状況を見ればわかるはずだ。

しかも、政府も知事も専門家もみんな声をからして「人流抑制を!」と訴えているのである。

「政府が信頼されていないからダメなのだ」と言うが、では知事はどうなのだ。知事も信頼されていないのか? 専門家も信頼されていないのか? 知事も専門家も政府とほぼ同じことを言い、同じお願いを国民、県民にしているのだが……。それについてはスルーするということか。

だいたい「政府がダメだから」と政府を批判しているだけで、感染拡大が収まるんだろうか。政府を批判して感染が終息するなら、いくらでも政府を批判すればいい。しかし、それはありえない。

感染が収まらないのは人流抑制ができないからだ。そのことをよくよくわかっている報ステのキャスターや太田氏が、深刻な顔でコロナによる医療逼迫、命の選別の悲劇を報じたそのすぐ後で、観客が大勢入り歓声に沸くプロ野球の様子を見て、ニコニコしていられる神経がわからない。

感染を1日も早く収束させるには、あえてプロ野球ファンの人たちに「ここは一つ、我慢してください」と言うのが、報道番組としての責任ではないか。なぜなら彼らは事実(彼らのフィルターを通した事実)を伝えるだけでなく、毎日、意見や主張を述べているからだ。それなら、「人流抑制に協力しましょう」と国民に呼びかけることがあってもいいはずだ。

それをしないのは、その国民が彼らのお客さんであり、そんなことを言って嫌がられて視聴率が落ちると困るからだろうか。余計なお世話だと批判されたくないからか。そんなことで「国民の命を守ることが一番大事」などとよく言えたものだと思う。