吊りしのぶ

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いよいよ本性を露わに。リベラル河野太郎氏では日本は守れない

いよいよ河野太郎氏の本性が露わになってきた。全国の自民党員、そして自民国会議員、同地方議員は、河野太郎氏のリベラル体質が何をもたらすかよく考えるべきだ。漠然とした「河野人気」で河野氏を自民党総裁から総理大臣に押し上げれば、その時が河野人気のピークで、あとは急坂を転げ落ちるように凋落するだろう。

まずアメリカが河野氏に拒否反応を示すことは間違いない。日米同盟に亀裂が入り、アフガニスタンを犠牲にしてまで対中シフトを敷いた米バイデン政権の強い反感を買うことになる。防衛大臣まで務めた河野氏が、これほど防衛力強化に及び腰とは知らなかった。

河野太郎ワクチン担当相は「米国だけが引き金に指をかけているミサイルを置いたからといって、日本の抑止力が高まるわけではない」と指摘。「(日米が)どういう役割分担になるのかが決まらないうちに『入れる、入れない』という議論をしてもほとんど無意味だ。勇ましく『やれ、やれ』と言うような人が喜ぶだけだ」とも強調した。

■対中抑止のための米ミサイル網配備に反対するとは、アンビリーバブル!

衝撃的な発言だ。話は全くあべこべではないか。東アジア全域を射程に収める中距離弾道ミサイルを多数保有、配備している中国に対し、攻撃を思いとどまらせるには報復力、打撃力が是非とも必要だ。どういう状況で米国が引き金を引くかについては十分な話し合いが必要なのは当然である。だが、それはミサイル網配備受け入れに伴って行えばよいことで、日米間での役割分担は楯(日)と矛(米)と決まっている。今さら何を話し合うというのだ。

もちろん、これからの日本は矛に相当する役割も増やしていかなければならない。敵基地攻撃能力の保持はその1つだが、後に述べるように、河野氏はこれに反対している。また、本格的な報復力、打撃力を備えるには憲法改正が必要になり、時間がかかる。河野氏が、報復力、打撃力の保持を可能とする改憲を早急に行い、その上で日米間の役割分担についてアメリカと話し合うというなら理解できるが、河野氏はそんなことは毛頭考えていないだろう。

■アメリカファーストから国際協調主義へ。ならば日本が応分の軍事的負担をするのは当然のこと

日本のマスコミは、トランプ政権を「アメリカ一国主義」「アメリカファースト」と批判し、アメリカは自国の国益を中心に考える無責任な国に成り下がったとさんざんこきおろしてきた。

そして、バイデン政権誕生を、国際協調主義への回帰と歓迎した。しかし、その意味するところは、これからは日本がアメリカの重要な同盟国として、応分の責任を受け持ち、東アジアと国際社会の平和のために、積極的に貢献しなければならないということである。

アメリカがこれから要請してくるであろう九州や沖縄への中距離ミサイル網の配備に対して、日本のマスコミは、バイデン政権の国際協調主義を歓迎した以上は、当然受け入れに賛成しなければならない。だが、これは地元の人たちにとって簡単に賛成できる話ではない。

おそらくリベラルなマスコミは地元の反対を理由に、アメリカの要請を拒否せよとの論陣を張るだろう。反対する国民を説得する側に回るのではなく、反対世論をバックに政府批判、アメリカ批判に注力するものと予想される。ポピュリズムこそ、日本のリベラルなマスメディアの真骨頂である。

その時は、これまでトランプ氏のアメリカファーストを批判し、バイデン政権の国際協調主義を歓迎したことなどコロっと忘れて、「日本は軍事分野ではアメリカに協力できない」「応分の負担などとんでもない」「日本を対中包囲網に組み込むな!」などと言い始めるのではないか。

まさに悪夢の展開だが、まさか河野太郎氏が、この流れに沿った考えの持ち主だとは思わず、腰を抜かすほど驚いた。

■「敵基地攻撃能力は時代遅れ」という考えこそ時代錯誤

河野氏は防衛大臣在任中、イージス・アショアの陸上配備を撤回した。自民党内に根回しも行わず、ほぼ独断で決めてしまった。安倍前首相はなぜ河野氏の暴走を止めなかったのかと思うが、あるいは事後報告だったのかもしれない。今から思うと、この時既にリベラル河野太郎の危険な本性が垣間見えていた。

先日の「敵基地攻撃能力は昭和の概念」発言にも驚愕した。以下は9月18日の産経抄から。

のっけから首をかしげる言葉も聞いた。告示日に特定候補に焦点を当てたくはないが、見逃せない。

▼「昭和の時代の概念だ」。河野太郎ワクチン担当相は17日、弾道ミサイルを相手国領域内で阻止する敵基地攻撃能力について、時代遅れだとの見解を示した。「議論すべきなのは日米同盟でいかに抑止力を高めていくかだ」とも語ったが、どういう意味か。

▼政府は昨年6月、防衛相だった河野氏主導で地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」計画を断念した。これを受け当時の安倍晋三首相は周囲に述べた。「打撃力(敵基地攻撃能力)について正面から議論する」。迎撃システムが導入できないのならば、代替策として敵基地攻撃能力保有が必要だとの考えである。

▼安倍氏は今年4月の憲法シンポジウムで、「打撃力を抑止力として考えるべきだ」とも指摘した。他国に日本を攻めることを思いとどまらせることが抑止力だから、当然だろう。迎撃力も打撃力も打ち消した河野氏は、どんな抑止力を想定しているのか解せない。

▼折しも北朝鮮が15日に発射した変則軌道で飛行する新型弾道ミサイルに関し、日経新聞は17日朝刊に日本国際問題研究所軍縮・科学技術センターの戸崎洋史所長のこんなコメントを載せていた。「相手のミサイル発射を阻害するための敵基地攻撃能力も考えないといけない」

▼そもそも河野氏は昨年7月の国会では、敵基地攻撃能力について「あらゆる選択肢を議論するのは当然だ」と答弁していた。はて1年前は昭和だったのか。

敵基地攻撃力の否定に続いて、第一列島線への米ミサイル網配備にも拒否姿勢を示したことで、河野氏の国防意識が現実離れしていることがよくわかった。

河野氏を総理大臣にしたら大変なことになる。せっかく安倍政権が築いたインド太平洋戦略や対中包囲網、クアッド(米日豪印の連携)、イギリス・フランスとの連携などが水泡に帰すことになりかねない。

自民総裁選4候補のこれまでの話を聞く限り、国防と日米同盟の重要性を本当に理解しているのは、高市早苗氏だけだと思う。岸田文雄氏はそれなりにわかっているはずだが、煮え切らないところが気になる。「国民に寄り添うリーダー」が理想の岸田氏は、世論が反対することはできない恐れがある。