吊りしのぶ

気の向くまま、思い付くままに。記憶にとどめたいoutputの場として。

小山田圭吾氏「やっていない」釈明に続き、ライター村上清氏が経緯を説明。次は『ロッキング・オン』山崎洋一郎氏の番だ。真相を知る百万年書房・北尾修一氏はなぜコラムを削除したのか!

1,小山田圭吾インタビューに同席した元太田出版の北尾修一氏

元太田出版社員で現・百万年書房社長の北尾修一氏。周知の通り、東京オリンピック直前、開会式の一部楽曲を担当していた小山田圭吾氏が過去に障害者イジメを告白していたとして大問題になった。

北尾氏は当時、今回国民的な注目を浴びた雑誌『クイック・ジャパン』に掲載された「村上清のいじめ紀行第1回 小山田圭吾の巻」(同誌VOL.3掲載、1995年8月刊)の取材現場に同席していた人物だ。

その北尾氏は、小山田圭吾氏が世間から総スカンを食い、社会的に抹殺されかけていた折、「いじめ紀行を再読して考えたこと(全3回)」を7月20日、23日に自社ホームページに発表した。

ところが、このウェブコラムは期間限定の公開で7月31日には全て削除された。期間限定公開は北尾氏のポリシーのようで、他のコラムも多くが一定期間後に削除されている。

北尾氏にとっての「小山田圭吾問題」は、10日間だけ自身の見解を公表すれば十分という、その程度の問題に過ぎないようだ。しかしこれは極めて無責任な態度ではないだろうか。

なにしろ北尾氏は、『クイック・ジャパンVOL.3』発行元の太田出版社員として、小山田氏への取材現場に実際にいたのである。

2,ネット情報は歪曲されていた!~北尾修一氏が明らかにしたこと

彼はライターの村上清氏がどういう意図で「いじめ紀行」という、ある意味センセーショナルとも言える企画を立てたのかも知っている。

だからこそ、小山田氏が世間の集中砲火を浴びていたさなかに「いじめ紀行を再読して考えたこと(全3回)」を発表したのだろう。

北尾氏は、小山田氏への批判に事実関係を歪曲したと思われるものがいくつも含まれていることを指摘した。小山田氏が障害者イジメを最初に告白した『ロッキング・オン・ジャパン』誌(1994年1月号)について、ミュージシャンに事前の原稿チェックをさせないことで有名な雑誌だった、と明らかにしたのも北尾氏である。

また、ネット上で小山田氏を執拗に批判していた「孤立無援のブログ」を俎上にのせ、そこでの雑誌原文からの引用、要約の仕方が奇妙に恣意的で、元の文脈が歪められているとも指摘した。

そして、雑誌原文の全体を虚心坦懐に読めば、「孤立無援のブログ」(2006年11月15日「小山田圭吾における人間の研究」と2012年8月12日「小山田圭吾のいじめを次世代に語り継ぐ」。/ちなみに2019年9月18日「小山田圭吾とダウン症」と2021年7月18日「小山田圭吾が障害児の母親からもらった年賀状を雑誌でさらして爆笑する」はその後削除された)がばらまいている印象とはかなり異なった印象を受けるはずだ、と問題提起をした。

そして『クイック・ジャパンVOL.3』の「いじめ紀行」を全ページ画像でアップして、読者自ら確認するよう促したのだった。

私は、この全3回のコラムを読んで、テレビの坂上忍やアナウンサーらの発言、報道などで伝えられた情報を鵜呑みにしていた自分を恥じた。

このコラムを読んだ時点で、すでに「小山田圭吾はとんでもない野郎だ」という思いは消えていた。それから実物を手に入れ、じっくり読み返した。

結論として、小山田氏のイジメとされている主要部分は、小山田氏が行ったものではないと考えるようになった。

とはいえ、この時点ではあくまで私の推測、推論である。小山田圭吾氏、ライターの村上清氏、『ロッキング・オン・ジャパン』でインタビュアーを務めた現『ロッキング・オン』総編集長の山崎洋一郎氏らが口を開かない限り、真相は明らかにならないのだ。

3,ライター村上清氏の証言「武勇伝のように語っていない」

そして今回、小山田圭吾氏の「懺悔告白」が週刊文春9月23日号に掲載され、かなりの程度、真実が見えてきた。これについては先日のブログに書いた。

だが、まだ不十分なところがある。そう思っていたとき、村上清氏がついに口を開いた。「小山田氏のいじめ告白記事を執筆した村上清氏が謝罪『配慮欠いた』」である。配信元は日刊スポーツ(ウェブ版2021年9月17日)。

ここでは、村上氏によって企画の趣旨が詳しく説明され、当時の小山田圭吾氏が決して武勇伝のように語っていたわけでも、イジメ自慢をしたわけでもないことが記されている。

週刊文春には、こんなやりとりがある。

――それでイジメを武勇伝のように語ったと。

「武勇伝のように語ったつもりはありませんが、……」

当初から「イジメの内容もひどいが、武勇伝のように語っているのが許せない」「これはイジメ自慢じゃないか」と批判されていた小山田氏。しかし、私は『クイック・ジャパン』を読んで小山田氏が「武勇伝のように語っている」とも「イジメ自慢をしている」とも全く思わなかった。

4,『クイック・ジャパン』掲載全文を読まずに小山田氏を一斉攻撃したメディアやSNS

私が「批判、非難、罵倒している人たちは『クイック・ジャパン』のオリジナル原文を読んでいないのでは?」と思った理由の1つがこれである。

小山田氏は、小中高時代の自分が、いじめられていた同級生たちを当時どんなふうな目で見ていたか、また自分がどんな状況で、どんな気持ちで相手の子をいじめたのか、いじめられていた子たちはどんな子で、どんな行動をとっていたのか、といったことを、まさに昔の自分にタイムスリップした立場で、リアルに再現していた。

それは、「ああ、いじめというのはこういうふうにして起こるんだな」ということが分かる貴重な記録だった。「武勇伝のように語っている」なんていう感想は、私には想像もつかないものだ。

5,『ロッキング・オン』山崎洋一郎氏はいつまで沈黙を守るのか?

ともかく、これでまた一歩前進した。だが、まだ十分とは言えない。

この問題で掲載誌に罪があるとすれば、それは『クイック・ジャパン』ではない。『ロッキング・オン・ジャパン』の方だ。

『クイック・ジャパンVOL.3』の約1年半前に刊行された『ロッキング・オン・ジャパン』で、小山田氏の発言を歪曲し、創作して書いた可能性が高い山崎洋一郎氏は、通り一遍の謝罪文を出しただけにとどまっている。

山崎氏は、なぜあんなデタラメな記事を書いて活字にしたのだろう? その理由と経緯を明らかにすべきだ。

小山田氏は週刊文春で「記事になったのを見て、ショックを受けました。全部自分がしたかのように書いてあり、後悔をしました」と語っている。「後日、ライターの方に会った時、その違和感を伝えたと思います」とも述べている。

小山田氏は、原稿チェックはしないという約束で取材を受けたため、『ロッキング・オン・ジャパン』に対して強い抗議はできなかった。小山田氏が「違和感」という弱い表現を使っているのはそのためだろう。

取材したミュージシャンに原稿チェックをさせないで活字にすれば、刊行後、何らかのトラブルが発生するのは自明のことだ。意に反したことを書かれたミュージシャンは、泣き寝入りするしかない。山崎洋一郎氏は、なぜこんな問題の多い制作手法を採ったのか、説明する義務がある。

そして、活字になった原稿のどの部分が創作で、どの部分が小山田氏の発言を拡大解釈したものだったのか、二十数年前にさかのぼって検証すべきだ。それによって小山田氏の冤罪を晴らし、小山田氏が受けた批判と非難の一端を小山田氏に代わって引き受けなければならない。

自分がやったことの責任は自分自身が負うべきで、小山田圭吾批判の陰に隠れて、いつまでも知らん顔していることは許されないと思う。

もちろん、「創作」とか「拡大解釈」とかは、あくまで推論である。断定はできない。創作でもなければ拡大解釈でもない、小山田圭吾氏が語ったことをそのまま活字にしただけというなら、それはそれで構わない。だがその場合は、小山田氏が週刊文春で語ったことと矛盾を来すことになる。

外野にいる我々は、どちらの言い分が正しいのか慎重に分析することになるだろう。

6,北尾修一氏には削除したコラムを復活させる義務がある

ここで北尾修一氏に話を戻す。

小山田氏の「懺悔告白」が公開され、今またライターの村上清氏の釈明が公開された。いずれ村上洋一郎氏も何らかのアクションを起こすかもしれない。

これらの文書を解読する上で、北尾氏がかつて公にした3回のコラムは極めて重要な意味を持つ。解読の助けになることは間違いない。それゆえ是非とも削除したコラムをウェブ上に復活させていただきたい。今度は期間を限定せずに。

絶望のどん底に沈んでいる小山田圭吾氏を浮上させるには、北尾氏のコラムの再公開が何としても必要である。

北尾さん、冤罪は晴らさなくてはならないのではありませんか? あなたも間違いなく当事者の一人なのですから。

 以上が2人のいじめられっ子の話だ。この話をしてる部屋にいる人は、僕(注=村上清氏)もカメラマンの森さんも赤田さんも北尾さんもみんな笑っている。残酷だけど、やっぱり笑っちゃう。まだまだ興味は尽きない。(『クイック・ジャパンVOL.3』64ページ上段)