吊りしのぶ

気の向くまま、思い付くままに。記憶にとどめたいoutputの場として。

河野太郎氏を総理・総裁にしてはいけない、絶対に。

自民総裁選当初、「自民党改革が必要だ」「自民党の古い体質を改める必要がある」などという声が挙がって、自民党改革が1つの争点になっていたが、新総裁が河野太郎氏では、自民党は改革されるどころか、ぶっ壊れてしまうだろう。

その発言に全国の注目が集まる中、「敵基地ナントカ能力」とか「部会でギャーギャー言っている」とか、極めて不穏当な発言が飛び出した。こんな言葉が平気で口をついて出るということは、河野氏が自分と異なる考えの人たちを見下し、まともに相手にする気がないことを示している。

これではリベラルから保守まで思想・信条の異なる人たちが同居する巨大政党、自民党を1つにまとめることは到底できない。

f:id:tsurishinobu:20210924203503p:plain

自民4候補の安全保障政策 産経新聞21年9月20日

だいたい安倍内閣の下で防衛大臣までやった人が「敵基地ナントカ能力」とはなんだ。ふざけるにもほどがある。敵基地攻撃能力を持つか否かは、日本の存立がかかった重大問題だ。「攻撃は最大の防御なり」は自衛策の基本のき、防衛のイロハである。もし北朝鮮が日本に向けて弾道ミサイルを発射するという危機的状況が訪れたとき、これを防ぐには敵基地攻撃を行う以外方法がない。

どんなにイージス艦による弾道ミサイル防衛を強化しても、北朝鮮は南北に細長く延びた日本列島のどこを狙ってくるか分からない。同時発射、連続発射で攻撃されたら、全部をイージス艦で撃ち落とすのは困難だ。必ず撃ち漏らしが生じる。

それは地上近くでペトリオットPAC-3が迎撃するが、PAC-3も全土にくまなく配備されているわけではない。やはり撃ち漏らしの可能性は残る。

しかも地上近くで破壊した場合、粉々になった弾道ミサイルのかけらが地上に降り注ぐことになる。それは人家の上にも落下するだろうから人的被害は避けられない。そして、撃ちもらした弾道ミサイルの直撃をくらった都市は、目も当てられない惨状を呈することになる。

こういう結果になることが分かっていながら、北朝鮮がミサイルを発射するのを黙って見ていろというのだろうか。「座して死を待つ」とはこのことだ。

そうなる前に敵基地を叩くのは、自国民と国土を守るために、当然やらなくてはいけないことだ。そして、逆説的だが、この敵基地攻撃能力を持つこと、すなわち強固な打撃力を持つことは、敵の攻撃に対する報復能力を持つことでもあり、この打撃力と報復力を恐れて敵は先制攻撃の実行に二の足を踏むだろう。

もっとも、河野氏が防衛大臣のときに計画破棄を決めたイージス・アショア(陸上配備型弾道ミサイル迎撃システム)なくして敵基地攻撃ができるのか、という問題がある。潮匡人氏は、イージス・アショアの配備計画を撤回したのは、日本の防衛にとって致命的な失敗だという。

 防衛白書のとおり、イージス・アショアは北朝鮮の「発射兆候を早期に把握することが困難になってきている」として導入された。敵基地攻撃能力がその代替案だとすれば、そもそも「発射兆候」すら把握できないのに、どうやって「敵基地」とやらを攻撃するというのか。

 さらにいえば、「北朝鮮は、移動式発射台(TEL)による実践的な発射能力を向上させ、また、潜水艦発射型(SLBM)を開発」(同前)している。それらの位置をリアルタイムで把握できなければ、いくら「能力」を保有しても攻撃しようがない。しかも目標は移動してしまう。もし、位置情報がわかり(たとえば)巡航ミサイルの発射ボタンを押せたとしても、それが到達したとき、すでに「敵基地」はもぬけの殻であろう。

 敵基地攻撃能力が所要の効果を得るには、情報収集力に加え、敵の地上レーダーなどを無力化し、正確に目標を攻撃できる装備体系が(いわばパックで)必要となる。(産経ニュース2020年7月8日)

今にして思うと、河野防衛相(当時)がイージス・アショアを断念したのは、元々敵基地攻撃能力の保持に否定的で、もっと言えば、北朝鮮が日本にミサイルを撃ち込んだりするはずがない、と夢想していたからではないだろうか。

日米同盟が機能している限り、北が日本を攻撃すれば、アメリカは報復攻撃を行い、北朝鮮は壊滅する。自国が滅び去ることが分かっていながら、北朝鮮がそんなことをするはずがない、というわけだ。

しかし、事はそんな単純な話ではない。北がアメリカ本土を直接、核攻撃できる能力を持ったら、アメリカだってそう簡単には動けない。世論が反対するからだ。北が南侵して第2次朝鮮戦争が始まったとき、日米の介入を阻止するため、アメリカには米本土核攻撃を示唆し、本気であることを示すため、日本を核ミサイルが襲うかもしれない。

そういう最悪の事態まで想定するのが国防というものだろう。

抑止力を高めるには敵国領土への打撃力、報復力が不可欠である。防衛一本槍の抑止力には限界がある。だから世界中どこを探しても、専守防衛なるものを国防政策の根幹に据えている国はない。「専守防衛」を誇らしげに語るのは馬鹿げている。

これほど重要な能力を持つか否か、持つとしたらどういう手段で実現するか、という大事な議論をしなければならないのに、「敵基地ナントカ能力」と茶化すとは何たる不誠実な物言いだろう。こんなふざけたことを言う人間が防衛大臣だったことに驚かざるを得ない。

「部会でギャーギャー言っている」も、およそあり得ない発言だ。佐藤正久外交部会長が怒るのも無理はない。こういう発言をすることで、自民党の一体何が「改革」されるというのだろう。

自民党の部会は、議員一人一人が政策能力を高めていく大事な場だ。派閥が気に入らない、派閥政治が悪の元凶だというなら、むしろ部会の存在価値を高めていくことが必要だろう。部会長ともなれば、その分野のあらゆる議論に精通し、官僚や専門家と互角に議論する力量が求められる。

自民党の議員は各部会に所属して、専門知識をたくわえ、官僚や専門家から話を聞き、議論し、政策能力を磨いていく。やがて部会長となってその仕上げを行い、部会長を経験した暁にはいつ担当大臣になっても即戦力として働けるように準備している。

部会は政策集団としての自民党を支える柱の1つだ。「ギャーギャー言っている」という部会を揶揄した言い方は、派閥政治を改革するという方向性に逆行するものである。ひょっとしてこの人は、「俺が総理大臣になったら、俺の好きなようにやらせてもらうよ」と考えているのではないだろうか。

同性婚にも賛成、選択的夫婦別姓にも賛成ということだから、こんな男は絶対に自民党総裁にも総理大臣にもしてはいけない。