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差別を煽り、歴史否定発言を繰り返す? 有馬哲夫・早大教授に対する言論封殺と脅迫、大学自治への露骨な介入を許してはならない

Moving Beyond Hateなる団体が突如始めた有馬哲夫・早大教授をターゲットとした言論封殺キャンペーンは、断じて容認できない。

昨日、上念司氏の動画で有馬教授が彼らに攻撃されていることを知った。上念氏はカウンターキャンペーンへの参加を呼びかけている。

change.orgの「差別を煽り、歴史否定発言を繰り返す教授の解雇と再発防止を求めます。」を見てみたが、「深刻な差別を煽る発言」「明確な差別扇動」「ヘイトスピーチを擁護」「普段から『慰安婦』ヘイトや歴史否定発言を行なっています」「深刻なセクシズム」「深刻な差別や歴史否定」等々、罵詈雑言のオンパレードだった。

言論の自由が保障された世界では、言論には言論で対峙するのが原則だが、彼らはそれをせず、あろうことか署名活動を行って賛同者を募り、数を頼んで早稲田大学に圧力をかけた。

change.org「差別を煽り、歴史否定発言を繰り返す教授の解雇と再発防止を求めます。」では、

・氏を解雇し、このようなことが二度と起きないように再発防止措置をとること

・氏が講義中にも深刻な差別発言を行わなかったかどうか調査すること

などを要求している。

教授の発言が気に入らないからといって大学に解雇を要求するのは、人事権を持つ大学ないし学部の自治に対する不当な介入である。公然と大学自治を侵害して同教授の解雇を要求し、罵詈雑言を並べたてて個人攻撃を行ったことは、もはや人権侵害と言っていい。

有馬教授がもし、このキャンペーンによって身の危険を感じたり、不当な圧力を受けた場合は、速やかに法務省に人権侵害を申し立て、名誉毀損罪によるキャンペーン主宰団体への処罰を検討すべきだ。

いや、そういったことがなくても、こんな不当な個人攻撃が行われたこと自体、既に名誉毀損罪に相当するだろう。

れっきとした犯罪容疑で逮捕された人でさえ、裁判で争う権利が保証されており、裁判の結果、冤罪であることが明らかになったり、無罪になったりすることがある。キャンペーン主宰者はただの民間人だろう。いかなる法律に基づいて有馬哲夫教授を告発するのか? 有馬教授は何という法律に違反したのか? 日本は法治国家である。何をもって差別とみなすかの最終決定権を持つのは裁判所であって、彼らではない。

もしキャンペーン主宰者が、有馬教授のツイッターを差別発言とみなし、それによって人権侵害がなされたと信じるなら、政府が定めた行政手続きに則ってアクションを起こせばいい。これは有馬教授が、キャンペーン主宰者からの個人攻撃を人権侵害とみなしてアクションを起こす場合のやり方と全く同じである。

やり方は法務省のウェブサイトに載っている。

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差別など人権侵害への対応方法~法務省

何が差別かなど、簡単に決められることではない。一方的に「差別」のレッテル張りをして個人攻撃をし、当人の雇用者である大学に圧力をかけ、事を穏便に済ませたい、もしくは風評被害によって志望者を減らしたくない大学側の弱みにつけこんで、当人を解雇に追い込もうという実に卑劣なやり方だ。

有馬教授の発言がそんなに問題だと思うなら、正々堂々と正規の手順を踏んだらどうか。それが法治国家における国民の正しい行動のあり方だ。一方的なレッテル張りと誹謗中傷による個人攻撃(これ自体、人権侵害の疑いが濃厚)、解雇の要求(大学自治への介入)など断じて容認できない。「Moving Beyond Hate」は速やかにキャンペーンを中止すべきだ。

だいたい次のツイッター発言のどこが「深刻な差別を煽る発言」なのか?

「ヨーロッパでもアメリカでも、韓国人とか韓国系OO人は日本ブランドを利用して商売している。いかにも日本人がやっているように見せかけて寿司とかラーメンとか日本食を売っている。ヨーロッパ人やアメリカ人はそれを見抜いている。そういう人々だと思っている。だから日本政府が否定すれば世界は信じる」

有馬教授は、自身の観察から真実と思うことを述べただけで、「深刻な差別を煽る」ようなことはどこにも書かれていない。

キャンペーン主宰者は、

韓国人という特定の集団を指しながら、「日本ブランドを利用して商売している」と発言し、それを「そういう人々」として括るのは明確な差別扇動です。

と書いているが、こういうのを揚げ足取りという。

我々は言葉で物事を表現するとき、しばしば具体的なだれそれと特定せず、包括的、総体的な表現を使う。「和を尊ぶ日本人の国民性」「過去の失敗に学ばない日本人」といった具合に。和を尊ばない日本人はいくらでもいるが、他国と比べれば和を尊ぶ傾向が強いから包括的、総体的な表現を使うことができる。

後者の表現でも、中央官庁などで不祥事が起きると、こういった言い方をされることがある。これは、不祥事を氷山の一角と見て日本人全体にそういう傾向があるという推測から出てくる表現だ。「過去の失敗に学んだ」と自負する日本人からすれば不愉快だろうが、こんなのは差別でも何でもなく、ただの評論にすぎない。

こういうことをいちいちあげつらっていたら、言語表現などできなくなる。包括的、総体的な表現を使うのは、言語表現上の不可避的な特性なのだ。ましてツイッターは字数制限が厳しいから、そうした表現を使わざるをえないケースはままあり、いちいち問題とするには当たらない。

但し、日本にはすでにヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)ができている。同法において、ヘイトスピーチは次のように定義されている。

第2条 この法律において「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは、専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下この条において「本邦外出身者」という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう。

法律はヘイトスピーチを厳格に定義している。それは「外国・地域出身で日本に適法に居住する者に対する差別的意識を助長または誘発する目的」を有し、「公然と生命、身体、自由、名誉、財産に危害を加える旨を告知する」か「それらの者を著しく侮蔑する」などして「それらの者を地域社会から排除することを扇動する不当な差別的言動」である。

有馬教授の発言が、このようなヘイトスピーチの定義に当てはまらないことは、余りにも明白である。

また「Moving Beyond Hate」は「『慰安婦』ヘイト」と書いているが、これは字義通りに解釈すれば、慰安婦憎悪、つまり慰安婦を憎悪して誹謗中傷する言動、ということになろう。しかし、有馬教授は慰安婦を憎悪も誹謗中傷もしておらず、資料調査と研究によって慰安婦の実態に迫ろうとしているだけである。

なお、「Moving Beyond Hate」の主張の不当性については、西岡力氏、ジェイソン・モーガン氏らが呼びかけ人となって設立された歴史認識問題研究会が、「有馬哲夫早稲田大学教授への言論弾圧を許さない」と題するメッセージを10月8日付けで発表し詳細に論じている。熟読玩味したいものである。