吊りしのぶ

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立憲民主党・辻元清美氏が「安倍元首相は国会で118回も虚偽答弁」とまた誹謗中傷

立憲民主党辻元清美氏(副代表)が代表質問で、例によって例の如く「安倍元首相は国会で118回も虚偽答弁を行った」と非難していた。枝野幸男氏にしろ、辻元清美氏にしろ、立憲民主党の人たちは「ウソも百回言えば真実になる」と本気で信じて実行しているようだ。

もう何回も書いていることだが、安倍元首相は虚偽答弁などしていない。いい加減、辻元氏は「虚偽答弁」というデタラメな言葉遣いで安倍氏を個人攻撃し、世論に誤った印象を刷り込むのをやめるべきだ。

11日の報ステは、辻元氏が国会で「118回も虚偽答弁」と語っているシーンを流したが、何の訂正もしなかった。

虚偽答弁とは、虚偽だとわかっていながら事実と異なる答弁をすることを言う。しかし、安倍元首相は、秘書から上がってきた情報を信じて、つまりそれが虚偽ではないという確信の下に答弁を続けてきたのである。自らの記憶に忠実に語ったことは、虚偽とは言わない。たとえそれが(後から明らかになった)客観的事実と違ってもだ。

こういうことは、企業や組織では往々にして起きる。

例えば、会社社長が会計担当から受けた報告を信じて企業業績を発表したとする。社長は会計担当を信じて任せていたから、上がってきた報告を疑うことはしなかった。しかし、あとで粉飾が明らかになり、業績を修正せざるをえなくなった、というようなケースだ。

この場合、社長は社内外に対して虚偽発表を行った、ということになるだろうか。ならない。粉飾を行ったのは会計担当であり、法的責任は会計担当が負うべきものである。社長は事実と異なる発表をしたとはいえ、虚偽の発表をしたとは言えない。粉飾を知らなかったからである。当然、法的責任を問われることもない。

但し、会計のチェック体制が甘かったが故に粉飾が起きたのだから、社長は再発防止策を取らなければいけないし、道義的責任も免れない。

安倍元首相の場合、この道義的責任を果たすため、国会に出席して弁明ならびに謝罪を行い、答弁を修正した。既に説明責任は果たしている。

この態度を、安倍氏よりも遙かに巨額の金銭的疑惑をかけられ、秘書が3人も逮捕されたのに、ただの一度も国会で説明を行わなかった小沢一郎氏と比べてみるがよい。どちらが国民の前に誠実だったか、答えるまでもないことだ。

以上から明らかなように、安倍元首相を指して「118回も虚偽答弁」と非難することは、言葉の定義をねじ曲げる歪曲発言であり、個人攻撃、いや悪質な誹謗中傷である。野党第一党の副代表ともあろう者が、いつまで公の場で誹謗中傷を続けるつもりか。

国会議員ともあろう者が、「虚偽答弁」という言葉の真の意味を知らないはずがない。だから私には、「ウソも百回言えば真実になる」とばかりに、辻元氏が確信犯的に「虚偽答弁、虚偽答弁」と連呼しているとしか思えないのである。