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中国に忖度する朝日新聞にもはや人権を語る資格なし―噴飯物の北京五輪社説

朝日新聞が北京五輪について社説を出したが、その内容たるや噴飯物である。

自国開催の東京五輪では声高に中止を叫んでおきながら、コロナに加えて人権侵害、香港弾圧、台湾への武力威嚇、習近平独裁の国威発揚、わが尖閣諸島への侵入など、東京五輪とは比較にならない数々の重大問題を抱える中国の首都北京の冬季五輪に対しては、「中止」はおろか「外交ボイコット」すら主張していない。

■東京五輪は「無観客でさえ開催は許されない」と書いていた朝日新聞

東京五輪のとき、五輪開催の意義は失われたとして、無観客開催さえ許されないと批判していたのが朝日新聞だ。

4年に一度の五輪出場の機会を心待ちにしていた全世界の選手たちから「活躍の場を取り上げよ」と言ったに等しい。(東京五輪中止社説

ところがどうだ、北京冬季五輪となると、「米国が選手団を派遣する姿勢を守ったのは、五輪の趣旨からみて妥当だ」と書く。

なんという二枚舌! なんというご都合主義! 呆れて物も言えない。

米選手団派遣が五輪の趣旨からみて妥当だというなら、なぜ自分たちは東京五輪の際、全世界に向かって「選手団を派遣するな」と呼びかけたのだ。

自国開催の五輪を中止せよとは、裏を返して言えば、世界各国の選手たちに「来ないでくれ」と言ったということである。

その証拠に、海外では「日本人は我々がトウキョウに行くのを快く思っていないようだ」という風評が流れたではないか。

カマラ・ハリス米副大統領ではないが、朝日新聞は世界に向かって「Do not come !」と言ったのだ。

■北京五輪は完全擁護、中国の顔色をうかがう朝日新聞

東京五輪に開催意義はないと書いた朝日新聞の基準に照らせば、北京五輪に開催の意義などあろうはずがない。

ワシントン・ポストが「ジェノサイド五輪」と呼ぶように、中国・北京での五輪開催はあまりにも問題が多い。

朝日は、

五輪の基盤は心身を磨く個々の人間であり、国家の威信ではない。

と書く。

ならばなぜ北京五輪の中止を求めないのか? 中国はまさに「国家の威信」のために五輪をやろうとしているのに。

国威発揚と習近平3選を盤石にすること、これが北京五輪開催の狙いであることは明らかだ。せめて「外交ボイコットは当然だ」くらいの主張は打ち出すべきだろう。

ここは改めて五輪本来の精神に立ち返るときだ。文化や国籍など違いを超え、友情、連帯、フェアプレーの精神をもって平和な世界の実現に貢献する――近代五輪を提唱したクーベルタンの言葉を思い起こしたい。

も白々しい。

■「東京五輪中止社説」が掲げた五輪憲章には「人権尊重」があったが、「北京五輪擁護社説」では、五輪憲章から「人権尊重」をこっそり削除

朝日は5月の「五輪中止社説」で何と書いたか忘れたわけではあるまい。そこにはこうあった。

五輪は単に世界一を決める場ではない。肥大化やゆきすぎた商業主義など数々の問題を指摘されながらも支持をつなぎとめてきたのは、掲げる理想への共感があったからだ。五輪憲章は機会の平等と友情、連帯、フェアプレー、相互理解を求め、人間の尊厳を保つことに重きを置く社会の確立をうたう。

今回の社説には、五輪の精神として「友情、連帯、フェアプレーの精神」の語は入っているが、「機会の平等」「相互理解を求め、人間の尊厳を保つことに重きを置く社会の確立」が入っていない。

都合の悪いことは平気で知らんふりを決め込むのが朝日流ということか。

多くの国で新型コロナの感染再拡大が進行し、オミクロン株の登場でそれにさらに拍車がかかる状況が生まれたことで、選手たちが平等な条件で競技に臨むことは難しくなっている。

ワクチン接種比率の高い国と低い国、あるいは行動制限の強い国と弱い国では、選手たちの練習環境や五輪に向けた準備状況が大きく異なる。つまり、現状では機会の平等が確保されていない。

東京五輪中止社説では、この「機会の平等」が確保されていないことを五輪中止を求める根拠の一つにしていた。しかし今回の社説では、巧妙にこの言葉を外している。北京五輪中止論を封じるための作為であろう。

「相互理解を求め、人間の尊厳を保つことに重きを置く社会の確立」を外したのも、同様の狙いがあってのことと思われる。

この言葉を入れたら、誰が読んでも「矛盾している! 中国での開催とは相容れない」と思うに違いないからだ。

相互理解を拒否し、批判は無視・黙殺、国際社会がどれだけ批判しても人権侵害を改めない。ウイグルの人権蹂躙しかり、香港の自治権侵害、自由の圧殺しかり、そればかりか有名女子テニスプレーヤーを軟禁(?)して口を封じることまでやってのける。

「人間の尊厳を保つこと」、即ち人権の尊重に全く関心を持たないのが現在の中国である。

ところが、朝日新聞はあえてこれらの点にふれようとせず、北京冬季五輪は開催して当然というスタンスをとる。

■中国当局へのあからさまな忖度、「北京の犬」に成り下がったか

自国政府は批判しても、中国政府は批判しないダブルスタンダード。

非は中国にあるのに、「米中覇権争い」といった言葉で米中を同列線上に置くすり替えの論理。

中国の人権侵害には目をつぶる中国政府当局へのあからさまな忖度。

中国外務省は「断固とした対抗措置をとる」と報復する考えを示したが、自制すべきだ。五輪を米中の覇権争いの場にしてはならない。

ともっともらしいことを書いているが、要するに、アメリカの「外交的ボイコット」など相手にせず、粛々と冬季五輪をやれ、と完全に中国に肩入れしているのである。

「人権侵害をやめろ」とはひと言も言わない。「香港での政治的弾圧を中止し、元の本来の一国二制度に戻せ」とも言わない。「台湾への武力威嚇をやめろ」も「尖閣諸島への侵入をやめろ」も言わない。

その代わり、「この措置(外交ボイコット)が実際に問題解決につながる見通しはない」と書き、アメリカのやっていることは「無駄な抵抗」だとほのめかしている。

これでは「北京の犬」に成り下がったか、と言われても仕方あるまい。