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性交による「精子の提供」は危険がいっぱい―全国初の訴訟提起

驚くべきニュースを読んだ。東京新聞web版が27日20時26分に報じた次の記事だ。

リードにはこうある。

会員制交流サイト(SNS)で知り合った男性から精子提供を受け、子を出産した東京都内の30代の女性が、男性が国籍や学歴を偽ったことで精神的苦痛を受けたとして、約3億3000万円の損害賠償を求め27日、東京地裁に提訴した。SNSなどで個人間の精子取引が広がる中、代理人弁護士によると、実際のトラブルを巡る訴訟は全国初とみられる。

とある。

ここだけ読むと、女性は男性から精子を入手しシリンジ法で妊娠したのかなと思えるが、実際には違った。

女性は、男性が京大卒の日本人で、妻や交際相手はいないと信じた上で、10回程度、性交による精子提供を受け同年6月に妊娠。その後、男性が本当は中国籍で別の国立大を卒業し、既婚者だったことが判明した。

女性は、第三者との直接の性交によって精子の提供を受けたのだという。しかし、女性と性交して妊娠させることを「精子の提供」などと呼んでいいのだろうか? 倫理的に問題はないのだろうか?

ちなみにシリンジ法は、病院で行う人工授精による妊活とは異なり、病院に通わずに自分でもできる。シリンジ法を推奨している産婦人科クリニックもあり、ネットで検索するとあるクリニックが上位でヒットした。

このクリニックの説明によると、シリンジ法とは、精子をシリンジ(注射針の付いていない注射器)で吸い上げ、膣内に注入して受精させるというものだ。病院で行う人工授精と比べ、格段に費用が安く、シリンジ法キットはアマゾンなどで販売されているという。

また、うまく性交ができない夫婦に、人工授精を試みる前に自分たちでシリンジ法を試すよう勧める病院もあった。

このシリンジ法、デメリットもあるようだが、基本的に夫婦間で行われる分には問題はない。だが、第三者から精子の提供を受けて行うとなると話は別である。

第三者を介したシリンジ法の医学的リスクについては後で触れるとして、東京新聞の記事で驚愕させられたのは、なんといっても「女性は、男性が京大卒の日本人で、妻や交際相手はいないと信じた上で、10回程度、性交による精子提供を受け」の箇所である。

あくまで女性側の言い分だから、どこまでが真実かは裁判の結果を見ないとわからない。しかし、はっきりしていることは、この女性は夫がいるにもかかわらず、第三者の男性との性交により第2子を授かったことだ。

精子の提供を受け、シリンジ法で妊娠することでさえ、倫理的な問題が生じるのは避けられない。

生まれた子どもの生物学上の父親はその第三者の男性だ。精子の提供時点では、男性は「単に精子を提供しただけ」と思っているかもしれないが、実際に子供が産まれたら気が変わるかもしれない。生まれた子に執着し、「この子の本当の父親は自分だ」と言い出したらどうするのだろう。

子どもが将来、「第三者の精子提供によって自分が生まれた」ことを知った時、子どもの心に何が起きるかは全く予測できない。

素直に受け入れられる子もいるかもしれないが、常識的に考えて相当なショックを受けると考えるのが普通だろう。

子どもは、第三者の男性とは一体誰なのか、どんな人なのか知りたいと思うかもしれない。その結末いかんでは、その子は自分がこの世に生まれたこと自体を呪うような心境になることだってあり得る。

子どもが何らかの障害を持って生まれた場合はどうだろう。第三者の精子提供によって出産した母親、そして婚姻関係にある父親(あるいはレズビアンのパートナーなど)は、子どもを愛情と責任を持って育てられるだろうか?

今回提訴した母親は、生まれた子を自分で育てず、「都内の児童福祉施設に預けている」そうだが、世の中では夫婦の実子であってもネグレクトや虐待されることがあるし、結婚した相手(再婚)の連れ子が同様の目に遭うことだってある。

まして、何の愛情関係もない第三者を介して生まれた子どもであれば、そういったことが起こる確率はより高くなるのではないだろうか。

また、精子を提供されて生まれた子が、自分の望むような子に成長しなかった場合(たとえば親に反抗的になるなど)、それでもその子に母親として無償の愛情を注ぎ続けられるかどうか。

その子と血のつながりのない父親(あるいはパートナーなど)はどうか。

こんなふうに、ちょっと考えただけでもいくつも疑問が湧いてくる。直接の性交による「精子提供」となれば、疑問はさらに大きく膨らむ。

第三者の男性の、生まれた子どもに対する執着心はより強くなるのではないか。

この文春の記事に登場する月7件のペースで精子提供を行っている男性は、シリンジ法、精子の宅配、そして直接の性交渉(タイミング法と呼ぶ)の3つの方法を使うという。

「精子提供後は『基本的に干渉しない』」そうだが、世の中、そんなサバサバした男性ばかりではないだろう。

自らの性欲を満たそうとしてタイミング法を勧める男性がいることは容易に想像できる。その場合、男は「精子提供」を大義名分にして女性を性欲のはけ口に使っているわけだ。

自分の素性を偽って精子の提供者になることも考えられる。今回の提訴の事例がまさにそれで、もし女性の訴えが事実その通りで正しいとすれば、男性は自分の学齢を詐称し、既婚者であるにもかかわらず独身だとウソをつき、女性が妊娠するまで10回も性交渉したことになる。

だまされたと気づいた女性が怒り心頭になる気持ちは理解できるし、生まれた子どもを児童福祉施設に預けた気持ちもわからないではない。

けれども、そういうことが起こり得るということは、事前に予測できたはずだ。

第三者とのタイミング法は、たとえ夫が承諾していたとしても不倫と疑われかねない行為であるし、性交渉を重ねる間に、男性との間に恋愛感情が生まれることもないとはいえない。

倫理的に問題があるのはもちろん、実際のところリスクが高すぎる。

この問題は、つい最近、NHKがクローズアップ現代+で取り上げていた。その内容が記事化されて公開されている。

番組では、レズビアンのカップル、トランスジェンダー(体は女性)と女性のカップル、結婚せずに子どもを持ちたいと望む「選択的シングルマザー」の事例が紹介されている。

番組本体でも、ある程度は精子提供のリスクに触れたようだ。

精子提供によって生まれ、大人になった女性が登場して、「自分の人生が、親のついたうその上に成り立ってきた。自分が何者なのか、分からなかくなってしまった」と語っている。

しかし、ゲストの作家・川上未映子氏は、いろいろな問題があっても、こういったことが行われている現実を認めて、前向きに解決していくべきとの意見だ。

川上氏には悪いが、自分には全く賛成できない。説得力もない。

川上氏とアナウンサーはこんなやり取りをしている。

川上さん:すごく特殊な場合を除いて、出産というのはほぼ親のエゴだと思うんですよ。親の事情というか、思い。親の都合で子どもが登場させられると。

保里:親が産みたいから産む。

この発言を聞いて仰天しない人がいるだろうか? 本気で言ってるんですかと言いたい。

川上説によると、両親が結婚して生まれた私という存在は、両親のエゴによってこの世に誕生したことになる。

世間一般では「子どもは社会の宝、国の宝」とされ、家族・親族のみならず、時にはご近所や地域からも歓迎され、祝福されて生まれてくるものだが、川上氏によると、子どもは親のエゴの産物であり、親の都合で望んでもいないのにこの世に登場させられた存在なのだそうだ。

全く呆れてものも言えない。文学者らしいと言えば言えるかもしれないが、こんな考え方は、日本でも海外でも一般社会の常識からかけ離れていると思う。

ところで、精子提供のリスクに関する詳しい解説は、番組の「取材ノート」の方に出てくる。

こちらを読むと、リスクだらけで恐ろしくなる。NHKは取材ノートではなく番組本体で、これらのリスクを視聴者にしっかり伝えるべきだったと思う。なぜそうしなかったのだろう?

取材ノートを読んでから番組本体の記事を読み返すと、とても中立的な報道だったとは思えないのだ。

取材ノートには、「性的トラブルに巻き込まれる可能性」として、

「精子提供者の動機や倫理観も様々で、直接性行為をするほうがシリンジを使うよりも妊娠する確率が高いとして執ように性行為を迫るケースがあります。しかし、シリンジより性行為のほうが妊娠する確率が高いというエビデンスはありません」

とある。

また、「提供者が育児に介入してくる可能性」として、

「提供者と依頼者は面会もしくは郵送のやり取りを経て精子提供を行っているので、提供者は依頼者の個人情報をある程度把握しています。

中には『自分の子どもを産んでくれるのならば』と依頼者に金銭的援助までしている提供者もいますが、そのような提案に依頼者が乗ってしまったことで、依頼者の個人情報が提供者にどんどん把握されるということも起きています。

また、生まれてきた子どもの容姿を提供者に知らせてしまった場合、出生児が提供者に似ているということで、自分の子どものような愛着がわいてしまい、出生児の養育に介入するリスクがあります」

とも書かれている。

医学的には、

  1. 感染症のリスク、
  2. 遺伝病のリスク、
  3. 近親婚のリスク

があるという。これは精子の提供によるシリンジ法のリスクでもある。

3. 近親婚のリスク

「慶應義塾大学病院ですと、1人の精子で10人のお子さんが妊娠された段階でその精子の使用を停止しました。

しかしSNSでは、そうした制限がないまま、20人30人…例えば100人のお子さんがいらっしゃるとすると、近親婚の可能性が出てまいります。

仮に、同じ地域に100人同じ精子を使った兄弟がいらっしゃると、実際にそのお子さんがご結婚されるときに兄弟どうしである確率がかなり高くなると思います

現実に月7件のペースで精子提供を行っている男性がいるわけだから、20年後、30年後に「知らずに近親婚していた」という事例が出てくる可能性は否定できない。

後から近親婚だとわかった場合、誰がどうやって責任をとるのだろうか?

最近のはやりとして、よく「レズビアンでも子どもを持てる」という意見を聞くが、第三者を介したシリンジ法にしろタイミング法にしろ極めてリスクが高い。

しかし、これらの事実は、まだ世間一般に周知されていないのではないか。

「レズビアンでも子どもを持てる。子どもを持って何が悪い」と言わんばかりの性急な意見にはとてもついていけない。