吊りしのぶ

気の向くまま、思い付くままに。記憶にとどめたいoutputの場として。

姑息な中日新聞。旧統一教会系イベントの記事を載せた経緯を説明せず、削除して終わり

昨日のブログで、

驚くべきことに、中日新聞「平和や日韓友好願い自転車縦走へ 開催前に南区でプレ大会」(削除前のアーカイブ)と題する写真入り記事を載せたのは、わずか1カ月半前の6月23日。

しかし、この記事が既に削除されているにもかかわらず、もっと古い2年前の2020年8月11日の記事は現時点(2022年8月10日2時)でも削除されていない。

と書いた。

この2020年8月11日の記事とは、中日新聞webの「世界平和願い自転車リレー 琵琶湖を一周ゴール」のこと。下は削除前のアーカイブ

KSL-Live!によれば、この記事は8月10日16時01分に忽然と削除された。

なんて姑息なんだろう。

「旧統一教会関連イベントに祝電を送ったのではないか? 来賓として挨拶をしたのではないか?」と追及されて「はい。送ってました。挨拶しました」と答える国会議員よりも、中日新聞の方がずっとタチが悪い。

なぜなら、中日新聞は、

この記事は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関連団体が関わるイベントを取り上げたため、削除しました。

とおざなりな説明を自社webにアップしただけ。読者や国民から抗議があったのかどうかすら明らかにしていないからだ。

多くのマスコミは名前の挙がった政治家に対し、

  • 「旧統一教会関連のイベントだという認識はなかったのか? なぜ気づかなかったのか?」
  • 「今も苦しんでいる被害者がいるのに、問題だとは思わなかったのか?」
  • 「社会的に問題のある旧統一教会と関わりを持つことは、関連団体も含めて許されないのではないか?」

などと、厳しい非難を浴びせてきた。

それなのに、自分たちが同教団の関連団体を取材し、好意的な記事を書いたことについては、口を閉ざして何も語ろうとしない。

社の幹部による記者会見もない。お詫びもない。そんな記事を載せてしまった経緯の検証も、もちろんない。

後からこっそり削除しておしまい。

説明責任を放棄した姑息な中日新聞

メディアの役割の1つは「権力(司法・立法・行政)の監視」にあると言われるが、メディアは「第4の権力」である。

彼らもまた国民から監視を受ける立場にある。疑惑が生じたら国民に対し説明責任があるのは、メディアも同じなのだ。