吊りしのぶ

気の向くまま、思い付くままに。記憶にとどめたいoutputの場として。

月刊「選択」9月号がトンデモナイ誤報を爆笑公開中~統一教会「学術界汚染」も深刻?

月刊「選択」9月号の記事の冒頭部分が公開されていて、何気なく読んだところ、余りのいい加減さにビックリ仰天。

これじゃあ、記事の主要部分も信憑性は薄い。読む価値なしと判断した。

問題の記事は「統一教会『学術界汚染』も深刻」というタイトルだ。

www.sentaku.co.jp

そこにはこう書いてある。一部引用しよう。

ただ、統一教会が日本で影響力を行使しているのは政界だけの話ではない。

例えば、統一教会系の新聞社として知られる世界日報。一九七五年の創刊時には、朝鮮日報や東亜日報など韓国大手新聞社の記者が多数引き抜かれた。世界日報の読者は多くはないが、信者以外の購読者もいる。紙面には、韓国政府関係者や研究者など社会的ステータスがある人々が実名で登場している。

これを読んだ人は、十中八九「うん?」と思うはずだ。

引用文の最初の一文は、統一教会は日本で政界以外にも影響力を行使している、と言っている。そして「例えば、」と書いて「世界日報」を引き合いに出した。

読んだ人は、当然この「世界日報」は日本の新聞だと思うだろう。ところが、そう思いながら次を読むと、創刊時に朝鮮日報や東亜日報の記者が多数引き抜かれた、と書いてある。

「なんで日本で出す日本語の新聞に、韓国人の記者を引き抜く必要がある?」

「なんで日本人読者向けの新聞に、韓国政府関係者が登場するんだ?」

と、読んだ人は思うのではないだろうか?

そこでウィキで「世界日報」を調べて見ると、2つあることがわかる。

ja.wikipedia.org

ja.wikipedia.org

日本の「世界日報」は創刊が1975年、韓国の「世界日報」は1989年と書いてある。

念のため、日本の「世界日報」のウェブサイトを確認すると、設立は昭和50年(1975年)と書いてあり、ウィキの記述に間違いはないことがわかる。

つまり、月刊「選択」9月号は、1975年創刊の日本の「世界日報」に、韓国大手紙の朝鮮日報や東亜日報から引き抜かれた記者たちが多数やって来て記事を書き、韓国政府関係者や(韓国の)研究者など社会的ステータスのある人たちを登場させている、と大真面目に書いているのだ。

この朝鮮日報や東亜日報から引き抜かれたという記者たちは、ちゃんと日本語で記事を書いたんだろうか?

全く、腹を抱えて大笑いするしかない与太記事だ。

1,000%ありえない話で、執筆者は、日本の学術界への影響力を論じる記事で、いきなり韓国「世界日報」の話を持ち出してしまった。日本の「世界日報」と混同して!

1975年創刊は日本の「世界日報」である。日本の新聞を立ち上げるときに、朝鮮日報や東亜日報の記者を引き抜くなんて、あるはずないじゃないか。

なんと間抜けな記事だろう。

「選択」が言及しているのは、内容からして1989年創刊の韓国「世界日報」のこと。それを堂々と日本の「世界日報」であるかのように書き、日本の学術界への影響例として挙げている。

公開部分の文脈を追うと、そういう解釈しかできない。

2つの新聞の違いを全く理解していないのだから、執筆者のレベルがわかるというものだ。それをウェブサイトで恥ずかしげもなく公開した「選択」編集部のレベルも、かなり低いと言わざるを得ない。

自分で読んで「おかしい」と気づかないのが不思議。

もっとも、ここは「一九七五年の創刊時」という記述を間違えただけで、韓国「世界日報」の話から説き起こして、次に日本の「世界日報」へと話をつなげ、そこから更に日本の学術界への影響を明らかにする、という論旨展開なのだ、と言い訳するかもしれない。

それが本当かどうかは、9月号を直接見てみないと何とも言えない。

月刊「選択」の名誉のためには、その言い訳通りであってほしいとも思う。しかし、公開されたさわりの部分が大誤報である事実は動かせない。

「一九七五年の創刊」は日本の世界日報なのに、明らかに韓国の世界日報の話を書いているからだ。

仮に、上記の言い訳の線で記事が執筆されたのだと善意に解釈しても、致命的なミスリードという批判は免れないだろう。

「日本で影響力を行使している」実例を示そうとしながら、いきなり韓国の新聞を取り上げるのはものすごく不自然だからだ。

韓国「世界日報」から説き起こして日本「世界日報」へと話をつなげるつもりなら、ちゃんとその旨を書いておかなければ読者は混乱する。

しかし、公開された文章内にそんな説明はない。

ということで、完全な失格記事。世間が旧統一教会の話題で盛り上がっているから、たぶん便乗したんだろう。レベルが低すぎて、お話にならない。