ついに小山田圭吾氏の冤罪が晴れたようだ。片岡大右氏が、小山田氏をめぐる一連の騒動の全体像を3回シリーズで描き出し、検証している。
【集英社オンライン掲載のシリーズ第3回】
小山田氏インタビューを掲載した昔々の(1990年代。20数年前の)雑誌記事を批判的に取り上げたあるブログ(「小山田圭吾における人間の研究」)があり、2006年に書かれたこのブログ記事の影響力を背景にネット炎上が起こった。
東京五輪が近づくにつれ、炎上騒動は再燃し、TVワイドショー(例えば坂上忍がMCを務めるフジの「バイキングMORE」)や毎日新聞や週刊誌などがこれを大きく取り上げて、全国的バッシングに至った経緯がある。
問題の発端を片岡氏は次のように述べる。
アンダーグラウンドな閉域から「2ちゃんコピペ」を引き出したのは、まずはあるブログ記事だった。
「小山田圭吾における人間の研究」と題するこの記事は2006年から存在していたが、2012年夏、大津市の中2自殺事件が世間の注目を集める中でにわかに大反響を得て、以後10年近くにわたり読みつがれ、2021年夏の騒動を静かに準備していく。
このブログ記事は、自慰と食糞の強要が記された「2ちゃんコピペ」をそのまま冒頭に掲げ、そこに続けて『QJ』(引用者注:「クイック・ジャパン」誌VOL.3、1995年8月刊)の「いじめ紀行」からの引用を組み合わせることで、『ROJ』(引用者注:「ロッキング・オン・ジャパン」誌VOL.80、1994年1月号)には存在しない障がい者いじめの文脈を結びつけている。
最初の引用箇所は、「沢田」氏の性的羞恥心の乏しさに付け込み、下半身を露出させて笑いものにしたという高校時代のエピソードだ。
残酷な逸話と言うほかないけれど、小山田氏はこの件に積極的に加担したのではない。
このブログでは省かれているが、『QJ』ではその後に、小山田氏が「ちょっとそういうのはないなー」と感じ、級友たちの悪事を半ば引きながら見ていたという発言が続く。
この問題が国民的バッシングになった原因として、片岡氏は毎日新聞の責任を問う。
その果てに起こったのが昨夏の大騒動だ。まずはある反五輪派市民のツイートが、このブログ記事をシェアして小山田氏の「炎上」を引き起こした。
ついで、疑わしいブログ記事に基づくこのネット炎上を、毎日新聞が報じた。
同紙の記事は『QJ』「いじめ紀行」のコピーを写真掲載し、原典に当たったことを強調しているものの、真剣に吟味すれば大炎上には不釣り合いな内容だとわかるはずなのだから、引用の文言を確認しただけで性急に執筆されたと判断すべきだろう。
今日の米国で「情報ロンダリング」と呼ばれる現象がある。この現象は、不確かなソースに基づくニュースが、主流メディアでそのまま報じられることで権威を得てしまうことを意味する。
匿名掲示板由来の顕著に歪曲的な小山田圭吾像に大メディアのお墨付きを与えることで、毎日新聞はまさにこの情報ロンダリングの遂行者となったのだと言える。
片岡氏はnoteでもっと詳しい記事を公開し、毎日新聞の山下智恵記者の名前を挙げて厳しく批判した。
この一件を国内外の大メディアが扱うにふさわしい問題として確立したのは、『毎日新聞』の「炎上」報道だった。
本稿(1)-3で簡単に触れたように、執筆担当の山下智恵記者はツイッターでの告発の根拠として『ロッキング・オン・ジャパン』1994年1月号と『クイック・ジャパン』第3号(1995年8月)のインタビューを挙げているものの、明らかに内容を吟味せず、両誌をきわめて問題のある方法で取り上げたブログをそのままなぞるような記事を書いている。
全国紙の記者ともあろう者が、ネット情報に頼り、十分な裏付けを取らずに記事を書いていたというのだ。
片岡氏は批判の対象として大手紙の毎日新聞しか名前を挙げていない(と思う)。毎日新聞は「クイック・ジャパン」(VOL.3、1995年8月刊)所収の記事コピーの写真を掲載しており、しっかり原典をチェックした上で記事を書いたという体裁を取っていた。
しかし実際は、「明らかに内容を吟味せず、両誌をきわめて問題のある方法で取り上げたブログをそのままなぞるような記事」だったわけだ。
その意味で片岡氏が、特に「毎日新聞」を名指しで批判したのには大きな意味がある。
ただ、自分が思うに、真相を確かめないまま記事を書いていたのは毎日新聞だけではない。目にする新聞の多くが小山田氏を叩いていたし、自分はAERAdot.のひどい記事について批判したことがある。
とはいえ、小山田氏バッシングに絶大な威力を発揮したのは、大手紙よりもむしろTVのワイドショーだったのではないか。
片岡氏は「バイキングMORE」にはふれていないけれど、自分は当時その番組を見て大きな違和感を感じ、あれこれと調べ始めたからよく覚えている。
問題は、「小山田圭吾における人間の研究」というブログには信憑性に疑わしい部分がいくつもあったにもかかわらず、多くのネット民、TVメディア、大手紙、週刊誌などがこれを鵜呑みにして小山田氏を叩いたことだ。
どれもこれも、ファクトチェックをせず、また小山田氏本人に取材もしないまま、ネット情報をそのまま垂れ流したため、多くの国民が信じ込んでしまった。
当時の自分は、経済評論家の上念司氏のような常にファクトにこだわる識者までが、TVメディアと大手紙によってばらまかれた情報を信じていたことに大きなショックを受けた。
上念司氏の動画は今も公開されている。それを見ると、上念氏が当時、ワイドショーやマスコミの報道を完全に信じていたことが分かる。
(「小山田圭吾氏のいじめ問題」の話題は冒頭10秒あたりから始まる。)
上念氏は発言にあたり、昔の掲載誌の「魚拓みたいなの読んでみたんですけど」と言っているが、その程度でファクトチェックはできないのだ。
「魚拓みたいなの」とあるように、それは正確な「魚拓」ではなかった可能性が高い。「魚拓」と称していても、都合良く編集、改変されていることがあるからだ。
真相を知るには、「クイック・ジャパン」と「ロッキング・オン・ジャパン」の両方を読んだ上で、内容分析をしなければならなかった。
これをすれば、ネット上で言われていた小山田氏批判について、「そのまま信じるのは危険だ」と気づいたはず。少なくとも、そこにウソが混じっていることは見抜けただろう。
自分の場合、決定的だったのは、「クイック・ジャパン」で小山田氏を取材する現場に同席したという北尾修一氏(現・百万年書房)が、ネットに短期間限定で公開した長い長い記事を読んだことだ。
これで小山田氏への印象が一変したし、同様の感想を抱いた人もいるはず。
かえすがえすも残念だったのは、北尾修一氏がこの問題の当事者の1人だったにもかかわらず、フェイク情報に痛撃を与えられる分析と論評を公開しながら、わずか2週間ほどで削除してしまったことである。
北尾氏には、小山田氏の冤罪を晴らす義務があったのに。
自分はそれから2冊の原典を入手して熟読し、ワイドショーや大手紙が報道している内容のほとんどがウソだと確信した。
「ウンコを喰わせたイジメ」も冤罪だった。「自慰の強要」なるものも、小山田氏がやったことではなかった。
後に小山田氏は、週刊文春の取材に応じ、世間に出回った情報の主要部分は事実無根だと否定している。
それでもネット民やメディアは、「たとえ事実でなかったとしても、過去のイジメを面白おかしく語ったことは許せない」などと言って、まだ批判を続けたのだから呆れるしかない。
片岡氏の論考により、もはや小山田圭吾氏の問題は決着がついたと言うべきだ。
「バイキングMORE」のフジTVや坂上忍氏。同番組で、
「ネットをちょっと検索すればわかることなのに、なぜ五輪組織は小山田氏を起用したのか」
などとしたり顔で煽っていた伊藤利尋
そして毎日新聞、それに追随してフェイク情報を垂れ流した大手紙や週刊誌などのメディアは、この際、土下座して小山田圭吾氏に謝罪すべきだろう。