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「統一教会は100%の悪」と語った郷路征記弁護士。その発言は判例によって否定されている

岸田内閣が「旧統一教会の調査を検討」というニュースが流れた。岸田首相はとにかく世論に弱い。

一時的な世論の盛り上がりに対し、憲法や法令の観点から「それはおかしい」と突っぱねることも必要なのに、それができない。

【目次】

  1. 自民党の決定「旧統一教会&関連団体との関係を断つ」は「信教の自由」の否定
  2. 山上裁判が始まる前に統一教会をつぶしたいマスコミ、全国弁連、共産党、反安倍勢力、偏向した宗教学者ら
  3. 「統一教会は100%の悪」と語った全国弁連の郷路征記弁護士
  4. 「統一教会は100%の悪」は悪質なデマ、プロパガンダ
  5. 「統一教会は100%の悪」は判例によって否定されている
  6. 判例は統一教会信徒の信仰の自由を認めている。ならば「統一教会が100%の悪」であるはずがない!

■1,自民党の決定「旧統一教会&関連団体との関係を断つ」は「信教の自由」の否定

「旧統一教会との関係を断て」とマスコミや全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)や偏向した宗教学者らに迫られ、自民党総裁として「旧統一教会&関連団体との関係を断つ」というとんでもない決定を下してしまった岸田首相。

高井康行弁護士が指摘した通り、これは憲法が保障する「信教の自由」に抵触する。政党の決定とはいえ、自民党は行政府に人を送り込んでおり、自民党の決定は国の決定と事実上同じだ。

信教の自由は政教分離とセットであり、それは、国が特定宗教に不利または有利になることをしてはいけないことを意味する。自民党の決定は、明らかに特定宗教に不利益を与えるものだ。

もはや旧統一教会の信者や支持者は、その信仰ゆえに自民党から立候補できない。自民党に対し陳情や要請も行えない。自民党議員を招いて話を聞くこともできない。

宗教団体が政治活動を制限されるということは、信者の有権者としての権利行使が、その信仰ゆえに制限されるということでもある。

これを差別と言わずして何というのか。

そして今、岸田内閣は宗教法人法に基づく「調査」に踏み込もうとしている。

そこから先、解散命令請求にまで行くかどうかは何とも言えないが、内閣支持率が低迷し続ければ、人気取りのために行くところまで行く可能性はある。

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www.nikkan-gendai.com

■2,山上裁判が始まる前に統一教会をつぶしたいマスコミ、全国弁連、共産党、反安倍勢力、偏向した宗教学者ら

思えば、中曽根元首相は偉かった。中曽根氏は、かつて「霊感商法」騒動が勃発したとき、日本共産党が「統一教会との関係を断て」と要求したが、「信教の自由」を冒すものとして突っぱねた。マスコミや世論の批判をものともしなかった。

しかし、残念だが、岸田首相には勇気がない。「聞く力」を売り物にする岸田首相には、「ダメなものはダメ」と言うだけの信念と迫力がない。

今、我々が見ているのは、ポピュリズム政治と世論の専制だ。理屈もへったくれもない。とにかく世論が「統一教会なんか解散させろ」と言っているから…。

こと統一教会問題に関する限り、岸田首相の行動原理はこれだけだ。

かろうじて官僚側が、過去の判例や先例、宗教法人法の趣旨等に照らして、待ったをかけている状態。解散命令を出すかどうかは裁判所が判断するが、官僚としては勝算がないのに裁判にかけるわけにはいかない、という気持ちだろう。

全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)や偏向した宗教学者、日本共産党や反安倍勢力は、世論が盛り上がっているこの機会に一気に統一教会を叩きつぶし、それとともに関係がより深いとされる自民党保守派を徹底してつぶしたいに違いない。

まだ山上容疑者の裁判も始まっていない。鑑定の結果すら出ていない。裁判が始まれば、思いもよらない事実が明らかになるかもしれず、統一教会や安倍元首相にとっては、濡れ衣を晴らすような内容が出てくるかもしれない。

そんなハプニングが起きる前に、事を決めてしまいたいのだろうと想像する。

■3,「統一教会は100%の悪」と語った全国弁連の郷路征記弁護士

全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)がいかに偏った集団であるか、1つの例を挙げよう。

7月19日、全国弁連は記者会見を開き、紀藤正樹、渡辺博、山口広、郷路征記らお馴染みの弁護士たちが山上容疑者の家庭崩壊問題とからめて旧統一教会を糾弾した。

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その時の会見の中で郷路征記弁護士の口から驚くべき発言が飛び出した。

私達は、山上容疑者のお母さんが脱会してきた場合、そのお母さんの依頼を受けて、お母さんを被害者として、加害者である統一教会に対して損害賠償請求訴訟を提起し、統一教会から、献金として、取られたお金を回収して、それをお母さんにお渡しして、それをもとに、できるのであれば、失われた傷ついた家族の絆を回復していただきたい。

失われた人生のいくらかでもとり戻していただきたい。そういった気持ちで仕事をさせていただいています。

その限りでは、私達がやっている仕事の限りでは、統一教会は100%の悪であり、山上容疑者のお母さんも、それに発生して、山上容疑者自身も、その限りでは、統一教会との関係に限定すれば100%の被害者です。

これは驚愕すべき発言だ。

数々問題を引き起こしているとはいえ、2009年コンプライアンス宣言の効果もあってか、消費者庁が公表している「被害相談件数」も全国弁連自身が公表している「被害額」も、過去10年で激減したにもかかわらず、「統一教会は100%の悪」と言い切ったのだ。

この郷路征記弁護士、自分が何を言ったか分かっているんだろうか。

「私たちがやっている仕事の限りでは」と限定がついているから、この100%とは、裁判や彼らの言う「保護・説得」など、彼らが関わっている分野から見る限り、ということなのだろうが、それにしてもここまで言うとは!

■4,「統一教会は100%の悪」は悪質なデマ、プロパガンダ

しかし、これは事実に反する。

理由は簡単だ。もし「統一教会が100%の悪」だというなら、彼らが関わった裁判は全て彼らの勝訴、それも彼らの要求を全て認めた勝訴でなければおかしい。

「統一教会が100%の悪」と考える彼らは、訴訟において当然、彼らが100%と考える損害賠償や慰謝料を請求する。

では、彼らは常に勝訴してきたのか? 常に彼らの要求額が100%認められたのか?

ちょっと調べただけで、そんな事実はどこにもないことがわかる。

彼らが勝訴した裁判でさえ、要求額は一部しか認められなかったケースがある。ということは、裁判官は彼らの主張の全部は認めなかったということだ。

■5,「統一教会は100%の悪」は判例によって否定されている

「判例タイムズ」2009年1月1日号より

「判例タイムズ」2009年1月1日号の解説によれば、東京地裁平成17(ワ)第23549号訴訟は、次のような内容だった。

宗教法人Y1(世界基督教統一神霊協会)の信者であるY2らによる違法な勧誘行為等により損害を被ったとするXが、Y2に対しては民法709条に基づき、Y1に対しては民法709条又は715条に基づき、財産的損害42610400、慰謝200万円及び弁護士費用用460万円の合計49210400円から、Y2により支払われた1380万円を控除した3541万0400円並びにこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

実際は、もっと複雑な内容が含まれているので、それは省略する。

地裁判決は2008年1月15日。「一部訴え却下、一部認容」(控訴)という結果が出た。東京高裁判決は同年9月10日。内容にさほど大きな差はない。

地裁判決では、

  • 被告世界基督教統一神霊協会は、原告に対し2610万円及びこれに対する平成1712月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  • 原告の被告世界基督教統一神霊協会に対するその余の請求を棄却する。

となっている。

つまり、原告側の要求は全部が認められたわけではなかった。財産的な損害の回復は大方認められたものの、精神的な苦痛に対する慰謝料の支払いは認められなかった。

この点は高裁判決も同様である。

これでどうして「統一教会が100%の悪だ」などと言えるだろうか。

■6,判例は統一教会信徒の信仰の自由を認めている。ならば「統一教会が100%の悪」であるはずがない!

判決を読むと、さらに興味深いことが書いてある。

判決は、原告が訴えた献金勧誘行為、物品勧誘行為の違法性を認めながらも、原告の信仰の自由は侵害されてはならないと釘を刺しているのだ。

なぜ判決がそんなことを書いたかと言えば、原告はその時点で統一教会を脱会していないからである。

判決は、多額の金銭的被害を受けても統一教会を脱会しない原告を、「マインド・コントロールされている」とか「洗脳が解けていない」などと非難するようなことはしない。ちゃんと「宗教の自由」「信仰の自由」を認めている。

そのくだりを引用する。

本件においては原告が本件以前にも被告統一協会から大理石の壺などを購入して信仰の拠り所としていた時期があることは、当事者間に争いがないところであって、原告は、家族の反対によっていったんは被告統一協会との関係を断ち切ろうとしたもののその個人的な不安が解消されないまま悩み続け、結局は被告統一協会の関係者に悩みを相談することによって一時的に精神的な安定を得ていたという一連の経緯があることも事実である。

そして、原告に生じているこのような現実を直視するならば、原告の周囲の者が原告の財産保護の側面を重視し過ぎて、原告の被告統一協会に対する信仰心を嫌悪し、その一切の関係を否定しようとすることは、かえって原告の宗教の自由に対する不当な干渉となる可能性もないわけではない。

その許容範囲との調和をどのように考えるべきかは困難な問題であるが、原告の信仰の自由が不当に侵害されることがないように諸般の事情を考慮する必要があるのであって、社会通念に照らし一般的に相当と考えられている他の宗教団体等における宗教活動等の際にも伴うことのある範囲内の支出等についてまで公序良俗や社会規範に反するものとして否定するのは相当ではないと考えられるから、本件において原告が被告統一協会に対して支出する原因となった本件勧誘行為等のうち、他の宗教団体等における宗教活動等の際にも一般的に伴うことのある範囲内の支出等を勧誘したものについては、特に社会正義に反するような特段の事情がない限り、違法性はないというべきである。

このように述べた上で、判決は原告が統一教会の信者であり続けていることを理由に、その信仰の自由は尊重すべきだとして、「精神的な苦痛に対する慰謝料の支払いの請求」は却下したのである。