吊りしのぶ

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監禁は「脱会請負人」宮村峻氏も認めたこと。鈴木エイト氏の言う「保護・説得」は詭弁

■立憲民主党が旧統一教会問題のヒアリングに呼んだ宮村峻(たかし)氏

立憲民主党が旧統一教会問題のヒアリングに呼んだ宮村峻氏は、『監禁二五〇日 証言「脱会屋」の全て』(光言社)が刊行された1994年当時、すでに「拉致監禁による強制改宗・強制棄教」の手口をマニュアル化していた。

この宮村峻氏と全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)が協力関係にあったことは、全国弁連立ち上げ当時からしばらく活動を共にしていた伊藤芳朗弁護士の裁判陳述書で明らかにしている。

antihogosettoku.blog111.fc2.com

つまり、全国弁連の弁護士たちは、宮村峻氏が「拉致監禁」という違法な手段を使っていることを知っていた。山口広弁護士はもちろん、紀藤正樹弁護士もそうだ。

特に紀藤弁護士は宮村氏の覚えがめでたかったようで、伊藤芳朗弁護士は

宮村氏はこうした高額事件を特定の弁護士だけに、具体的な名前をあげれば紀藤正樹弁護士ですが、紀藤弁護士だけに回すということを行っていました。

と述べている。

旧統一教会を批判するジャーナリスト、マスコミ、弁護士らは口をそろえて「拉致監禁は統一教会側のキャンペーン。脱会説得、保護説得が正しい」と言う。

確かに、今は拉致監禁はやっていないかもしれない。いや、やっているかもしれないが、少なくとも昔よりはやりにくくなっているはずだ。

なぜなら、12年以上、拉致監禁され脱会を強要され続けた後藤徹氏の裁判が終結し、2014年の東京高裁判決で宮村峻氏は敗訴したからだ(翌年、最高裁は上告を棄却し判決が確定)。

この裁判でようやく家族間での拉致監禁の違法性が認められた。したがって、「今、拉致監禁をやってます」とは口が裂けても言えないのだ。

■事実を見ずに「拉致監禁は統一教会側のキャンペーン」とレッテル貼りする人たち

では、過去はどうだったのか。過去、彼ら反対派がやってきた行為、これをいまだに「脱会説得」「保護説得」と称して正当化し、開き直っているのは、いかにも往生際が悪い。

それでも有田芳生氏がようやく「行き過ぎもあったのは事実」と認めた。

ところが、いまだにその「行き過ぎ」が拉致監禁であり、警察が適切に捜査すれば刑事事件として立件されたであろう犯罪行為だったことについては、口をつぐんで語ろうとしない。

「拉致監禁は統一教会側のキャンペーン。脱会説得が正しい」と言う連中には、拉致監禁被害を受けた人たちの生の声を聞いたのか、と言いたい。

■思考停止をやめ、拉致監禁の被害者たちの生の声を聞け!

月刊「Hanada」12月号の福田ますみ「“脱会屋”の犯罪」は手頃な入門文献である。

【ルポ統一教会①】新聞・テレビが報じない“脱会屋”の犯罪|福田ますみ【2022年12月号】 – 月刊Hanada<プレミアム>

読み終えたら、以下の本の中から1つでも2つでも読んでみたらいい。

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拉致監禁

拉致監禁

  • 光言社
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などいろいろな本が出ている。

残念なことに品切れが多いが、アマゾンusedで入手できるものもある。usedになくても、図書館にはあるし、古本ネットを探せばどこかで手に入るだろう。

(1)お勧めの『我らの不快な隣人』(情報センター出版局、2008年)は品切れだが、アマゾンkindle版で読める。

著者の米本和広氏は、安倍元首相テロの山上容疑者がブログに度々書き込みを行っていた上、手紙まで出していたジャーナリスト。

拉致監禁の実態を暴露し、宮村峻氏や弁護士、牧師たちを批判する一方、統一教会にも手厳しい批判を行ってきた。

米本氏の以前のブログを読むと、元信者らしき人物や教団に不満を持つ信者が多数書き込みを行い、「よくぞ言ってくれた」と応援していたことが分かる。

アマゾンや紀伊國屋ウェブのレビューを見ると、読者がかなりの衝撃を受けていることが分かる。一部、反統一教会サイドからの不当な非難も見られるが、妙な怨念に凝り固まった人には何を言っても通じないから仕方がない。

(2)『強制改宗』(光言社、1993年)は、拉致監禁被害者の体験記や法廷陳述書を数多く収録した本だ。

(3)『絆―拉致監禁による家族の再生と崩壊』(創芸社、2013年)は後藤徹氏と美津子アントールさんの体験をもとに、拉致監禁問題をマンガで描いた作品。

巻末に2人の法廷陳述書が収録されている。アマゾンなら新品がすぐ買える。

(4)『日本収容所列島』(賢仁舎、2010年)では、米本和広氏と12年以上監禁されていた後藤徹氏が対談している。

この本には拉致監禁体験者5人のケーススタディが載っているほか、例外的に警察が動いて脱出に成功した事例、韓国大使館の要請で助けられた事例など、「驚くべき証言」の数々に圧倒される。

拉致監禁の裏で実際に信者を棄教・改宗させているのはキリスト教の牧師たちが多い。彼らがなぜ統一教会つぶしに力を入れるのか、その背景分析も行っている。

また、統一教会つぶしの先頭に立ってきた日本共産党の戦略、戦術も解説していて、なかなかの名著だと思った。アマゾンusedで入手可能。

(5)『大学の宗教迫害』(日新報道、2012年)は、大学キャンパスで学生・院生への拉致が強行されている実態を明らかにしたもの。著者は宗教ジャーナリスト室生忠氏。

この拉致には大学当局や担当教授が協力しており、友人たちが必死に守ろうとしても「家族の話し合いだからほっといてくれ」の一点張り、しかも多人数で一斉に襲いかかるので結局、連れ去られてしまう。

担当教授は「○○君は当分、出てこられないけど、心配しないように」などと平気で言うらしい。

カルト対策と称する特定宗教信者への差別、迫害、アカハラ(就活の妨害や研究室配属の拒否…)など大学の闇にメスを入れた書だ。アマゾンusedで入手可能。

(6)『日本宗教の闇』(アートヴィレッジ、2017年)は、室生忠氏が旧統一教会信者を対象に拉致監禁による強制棄教が行われていると知って、その実態に肉薄すべく取材を始めてから、12年以上監禁された後藤徹氏が最高裁で勝訴するまでに発表した記事、論考、連載、インタビューなどを収録したもの。

上下2段組で500ページ以上ある大著だ。特に多くの裁判を取材し、判決の分析にも多くのページを割いている。

また、警察・検察が「家族間であっても拉致監禁は刑法犯罪」と知りながら、介入に及び腰な理由も考察している。

(7)新刊が『拉致監禁―家庭連合(旧統一教会)に反対する人々』(光言社、2022年)だ。拉致監禁の全貌を知るのに適している。小冊子の体裁をとっているが、内容は盛りだくさんだ。

紀伊國屋ウェブで注文すれば取り寄せ可能。

■内幕を詳細に綴った体験手記や証言の数々が「拉致監禁」の事実を証明

以上のように、「脱会説得なんかデタラメだ。拉致監禁という犯罪行為が白昼堂々と行われているのは許せない」と怒りを声を上げ、その内幕を詳細に綴った体験手記や証言が多数ある。

これらを読んでもなお、「こんなの統一教会のキャンペーンでしょ。信じるに値しない」と言う人は、よほど先入観と偏見に凝り固まった人物か、人間の心の痛みが分からないロボット人間か、筋金入りの反統一教会信念の持ち主に違いない。

何を言っても通じない人はいるから、それはそれで仕方がない。見れども見えず、聞けども聞けずの頑迷固陋な人間はどこの世界にもいるものだ。

さて、本題に移ろう。

監禁は「脱会請負業者」で拉致監禁の司令塔の1人、宮村峻氏が認めている。

司令塔本人が認めているのに、鈴木エイト氏が「拉致、監禁とは全く別のこと。保護して説得するということは当然、一定の合理性がある」などと否定するのは笑止千万だ。

www.chunichi.co.jp

『監禁二五〇日 証言「脱会屋」の全て』から引用しよう。

そして、(引用者注・宮村峻は親たちに)こうも言うのです。

「親、兄弟、そして親戚の方々の協力が得られれば、あとは簡単です。私が本人を必ず説得します。原理(引用者注・統一教会の教義のこと)の間違いを分からせて確実に統一教会をやめさせてみせます。ですから、その点はご心配なく」

「統一教会は初めから、インチキで間違いだし、その教えも根底から間違っていますから、説得それ自体は簡単なのです」

 しかし、拉致・監禁の必要性を訴える段になると、

無理だ。統一教会をやめるように一対一で説得するのは不可能だ。家族親戚の協力を得て、こういう環境でないと脱会させるのは無理なんだ

 これらは全部、私が宮村から直接聞いたセリフです。

宮村峻氏は、信者を一対一の話し合いで脱会させるのは不可能だと言い切っている。当事者が「脱会説得」は無理だと言っているのに、関係する弁護士、ジャーナリストをはじめマスコミが「脱会説得」と呼ぶのは矛盾だろう。

そして「家族親戚の協力を得て、こういう環境でないと」脱会させるのは無理だと言う。

この「家族親戚の協力」「こういう環境」が何を意味するかは、すでに拙ブログで同書に即して紹介した。

「家族親戚の協力」は拉致の実行であり、「こういう環境」が監禁である。

tsurishinobu.hatenablog.com

■「拉致」を「保護」と言い換える鈴木エイト氏の詭弁

鈴木エイト氏は「拉致」を「保護」と言い換えているが、これはおかしい。

「保護」は行方不明になった人や家出した人を探して、身柄を確保した時などに使う言葉。

「拉致」は、外部に悟られないような場所で、あるいは人目につかないように、本人の意に反して力ずくで、時に有形力を行使しながら身柄を確保し、どこかへ連れ去る時に使う。

どちらが実態に即しているかは、上記拙ブログで紹介した例や上記書籍に載った数々の具体的ケースを見れば一目瞭然だ。

自分が知る限り、どのケースでも「本人の意に反して、力ずくで、本人も知らない場所への連れ去り」が行われている。そういうのを「保護」とは言わない。

百歩譲って「保護」という言葉が認められるとしたら、それは未成年信者の場合だけだろう。

■監禁中にされること~妻と会えない・話せない、離婚の強要

『監禁二五〇日 証言「脱会屋」の全て』には、監禁中の著者が離婚を強要される場面が出てくる。

そこでも宮村峻氏は同じことを言っている。少し長くなるが引用しよう。

 私が統一教会を一旦やめるしかないという思いに相当傾いてしまったころ、宮村がまた私に話し始めた。

「お前は、もう相対者(引用者注・配偶者のこと)と結婚しているし、婚姻届けも出しているな。一体、これからどうしたいと思っているんだ」

 何を言っても怒鳴られそうなので黙っていた。

 宮村が続ける。

「おれは、韓国に対して何の偏見もない。だから親御さんが、韓国人との結婚だから反対するなんてことは許さない。結婚は当人同士の自由だからな。

 でも、それが統一教会の集団結婚となると少し違う。本人同士が好きになって結婚するんじゃなくて、理想相対だと信じ込まされて、無理やり結婚させられたわけだ。

 たまたま、お互い気にいればいいけど、勝手にくっつけるんだから気に入らない場合も多いよな。お前は一体どうなんだ。好きなのか、嫌いなのか」

「好きになってしまったんですけれど」

「もう結婚して、籍まで入っているんだ。これからどうするつもりなのか。一緒になるのか、それとも別れるのか、どうしたいんだ」

「できれば一緒になりたいです」

「出会いのきっかけが何であれ、そこに本当の愛が育つこともあるからな。

 でも、もうお前は統一教会をやめた人だから、相対者が統一教会を続けるんだったら、結婚生活はうまくいくはずがないから、おれは反対する。でも相対者がきちんと統一教会をやめるなら、あとはどうしようと2人の自由だからな。

 そうやって、2人ともきちんと統一教会をやめてから結婚しようというなら、認めてやるぞ。

 お父さん、お母さん、相対者がきちんと統一教会をやめるならば、相対者との結婚を認めてあげられますね」

 父「はい」

 母「はい」

 姉「はい」

 弟「はい」

(中略)

 宮村は何回かに分けて、こういう話をした。

「お前は統一教会をやめたけれど、相対者は統一教会を信じているだろう。もし、相対者が『私も統一教会をやめます』と言ったとしよう。でも、その相対者の頭の中身は原理だし、統一教会を信じているわけだから、本当に統一教会をやめたことにはならないよな」

「そう思います」

「結局、だれかがお前の相対者を説得しなければいけないだろう。一体だれが、お前の相対者を説得するんだ」

「宮村さんならできると思いますが……」

「無理だよ」

「相対者は日本語ができますから、宮村さんの言うことも全部理解できると思います」

「無理だ。例えばお前の相対者を連れてきて、2、3時間、おれと話したとしても、怒って帰ってしまうよ」

「私が頼めば、大丈夫でしょう」

無理だね。この説得というのは、おれ1人でやってできることじゃない。家族や、親戚の人たちの協力を得て初めてできることであって、家族や親戚の協力もなしに、原理を一生懸命やっているような人間をやめさせることは、おれにはできない。だれにもできない

 宮村は話を続ける。

「お前、相対者に会わせてほしいというわけだな。会ってどうする気だ」

「いろいろ事情を話して統一教会をやめることになった、と言います。それでも相対者が統一教会を続けるというなら、相対者との結婚はあきらめるしかありません。でも、相対者が統一教会をやめるというなら、宮村さんに説得をお願いします。

 とにかく、一度会わせてください」

「お前、だれに頼んでいるんだ。おれはただ、お前の家族に頼まれて、話しているだけだ。別におれがお前を閉じ込めているわけじゃないんだぞ

 ここでも宮村峻氏は、自由な環境、オープンな環境では、信者の脱会説得をしても全く効果がないと言っている。

■脱会説得は、拉致監禁しなければできないのが現実

 では、彼がやっていることは何なのか?

「別におれがお前を閉じ込めているわけじゃないんだぞ」という言葉から、宮村氏は「監禁しているのはおれじゃない。家族や親戚だ」と言っていることが分かる。

 つまり、彼は今目の前で行われているのが「監禁」だと分かっているのだ。

 それをやっているのは家族や親戚だと言い逃れしているが、前に引用したところでは、

「親、兄弟、そして親戚の方々の協力が得られれば、あとは簡単です。私が本人を必ず説得します」

と語っていた。

家族や親戚の協力で何をやるのかと言えば、信者を拉致して監禁することなのだから、結局、彼は自分が「拉致監禁」に関わっていることを、事実上認めているわけだ。

本書に関する限り、関わっているというより、司令塔役として拉致監禁を親たちに勧めている、と言った方が正確だろう。

そして、監禁された環境さえあれば、信者をやめさせるのは簡単だ、と宮村氏は豪語している。

信者の自由を完全に奪っておいて「教会をやめろ」と迫る。これを「説得」と呼ぶなんて人をバカにするにもほどがある。言葉の真の意味において、これは脅迫である。

頭に拳銃を突きつけて「俺の言うことを聞け。さもないと……」と脅すのとどこが違うのか。

■離婚に同意しなければ、いつまでも監禁は続く

『監禁二五〇日 証言「脱会屋」の全て』の著者は、最初は細心の注意を払って偽装脱会すれば自由になれると思っていた。

だが、宮村峻氏は、本当の意味で脱会したと確信できるまで監禁を解こうとしない。偽装脱会ではないかと疑っているからだ。

そこで、「本当にやめたのだったらできるよな」と何度も何度も繰り返し踏み絵を踏ませていく。

最初が離婚の強要だった。

 いろいろごねてみたりもしたが、結局、「相対者と会わせてくれ」とか「一緒になりたい」とか私が言っている間は、絶対に自由がないということがハッキリした。(中略)

 やむを得ず別れることに承諾したのが、6月7日ごろだったと思う。(中略)

 別れるとなったら、早速離婚届けの用紙と内容証明書の用紙を親が持ってきた。

こうして本人の意に反して離婚手続きが開始された。

離婚なんかしたくないのに、そうしないといつまでも監禁されたままで、部屋の外に出ることすら許されないのだ。よほど強靱な精神力がなければ、精神錯乱に陥ってもおかしくない。

著者が初めて外出(親と弟の見張り付き)を許されたのは、監禁が始まって実に70日後だった。

■賃金請求訴訟、婚姻無効訴訟を強制され、弁護士は見て見ぬフリ

 その先も更に踏み絵が続く。

  • 仲間を売る~伝道した人たちや共に歩んでいた仲間たちの名前、年齢、所属、信仰歴などを書いて提出させられる。この人たちが拉致監禁の新たなターゲットになるわけだ。
  • 他の信者の前で統一教会批判~著者と同じように拉致監禁された信者たちに対して「自分がなぜやめたか」話すよう強制される。
  • 無理やり酒を飲まされる(統一教会では飲酒は禁止)。「この段階で女をあてがう脱会業者もいるという」と著者は書いている。
  • 妻が妊娠したという情報が入り、中絶を命令される
  • 統一教会に対し賃金請求訴訟を起こすよう強制される
  • 婚姻無効裁判の強制

こんな具合で、1つ1つ命じられるままに従って「本当に脱会したようだ」と認められると、監視の目も緩くなってくる。

しかし、著者に言わせると、幾度となく踏み絵を踏まされているため、偽装脱会していても、その頃には本当に脱会している人が多いらしい。

それはそうだろう。たった一度踏み絵を踏むことさえ拒否して殉教していったクリスチャンは大勢いる。日本人の隠れキリシタンもそうだった。

いやしくも信者ならば「それと比べて自分はどうなんだ」と落ち込むのが自然の成り行きだ。

踏み絵を踏むたびに自己嫌悪に陥るに決まっている。まして仲間を売るようなことをさせられれば、それが耐えがたい苦痛になるのは火を見るよりも明らかだ。

こんな卑怯卑劣なことをさせておいて、「脱会説得だ」とか「保護説得だ」とか、よくも言えたものだと思う。

こうした強制改宗・強制棄教を横目で見ながら、知らんふりして原告代理人になる弁護士連中の気がしれない。悪魔に魂を売らなければ、絶対にできない行為だと思う。

本書には、著者の婚姻無効訴訟を担当した弁護士が実名で登場する。武士の情けでここには書かないでおく。

後日、著者が自由になった後、その女性弁護士と裁判所で鉢合わせしたそうだ。挨拶したところ、彼女は「顔面蒼白になって、脱兎のごとく裁判所を出ていった」と著者は書いている。