- 1,監禁された信者に対し強制的な脱会説得。クリスチャンとしても人間としても道徳的に恥ずべき行為
- 2,「脱会できてよかった」は結果論にすぎない。あくまで脱会を拒否した者はどうなるのか?
- 3,櫻井義秀氏に怒りを露わにした、「監禁を伴う強制的な脱会説得」により脱会した故・宿谷麻子さん
- 4,「監禁を伴う強制的な脱会説得」に関わった者、知りながら止めなかった者や見て見ぬ振りをした者は、深刻な人権侵害に対して重い責任がある
1,監禁された信者に対し強制的な脱会説得。クリスチャンとしても人間としても道徳的に恥ずべき行為
櫻井義秀氏が調査対象とした札幌地裁(「青春を返せ」裁判)の原告のうち、少なくとも5名が「監禁を伴う強制的な脱会説得」によって脱会した元信者だった。
元信者たちの「強制的な脱会説得」にあたったのは、多くの場合、キリスト教関係者で、札幌地裁の裁判資料の中で最も多く名前が挙がったのがパスカル・ズィヴィ氏だ。
魚谷著『間違いだらけの「マインド・コントロール」論』第3章「『青春を返せ』裁判と拉致監禁・強制改宗の関係」によると、札幌地裁の原告21名*1の証言に出てくる第三者、すなわち「脱会カウンセラー」の名前と登場回数は次の通りだ。
- パスカル…16回
- 田口民也…2回
- 大久保牧師…2回
- 戸田実津男…1回
- 星川牧師…1回
- 寺田牧師…1回
- 山本牧師…1回
- 日本基督教団の牧師…1回
- キリスト教の牧師…1回
断トツで多いのがパスカル氏だと分かる。
良心の声に耳を傾けるならば、パスカル氏がまずやるべきは、信者を監禁から解放し自由にしてやることだった。
教団に戻るも戻らないも本人の自由のはずだ。そうしておいて話し合いを申し込めばよい。当該女性の信頼を得られれば、彼女は自発的な話し合いに応じるだろうし、信頼を得られなければ応じないだろう。
当該女性から「この人なら話し合いに応じてもいい」と思ってもらえるかどうかは、ひとえにパスカル氏の人格、識見、誠意次第である。
このハードルをクリアして当該女性と話し合いを行い、教団を脱会させたというのであれば、パスカル・ズィヴィ氏はなかなかの人物だと言える。
だが、監禁されて絶対逃げられない状態に置かれた信者に聖書やキリスト教の話をしたり、統一教会の教義の批判をしたところで、そんなものは話し合いでも何でもない。
「説得」という言葉を使うことさえ偽善的と感じられる。「説得」に応じて脱会しない限りいつまで経っても監禁から解放されないのだから、「自由になりたかったら、早く私の話を受け入れて、統一教会をやめたほうがいいよ」と言っているようなものだ。
『監禁250日 証言「脱会屋」の全て』(光言社、1994年)の著者は、このような偽善的行為を指して「“優しい脅迫”」と書いていた。
容疑者を逮捕した警察が、「早く自白しろ。自白すれば、こんな取り調べから解放されて楽になれるぞ」と脅かすのとどこが違うのだろうか?
監禁された信者に脱会の説得、すなわち「強制的な脱会説得」を行うなんて、クリスチャンとしても人間としても道徳的に恥ずべき行為である。
この評価は、部屋や家からの出入りが自由でない(=自由を奪われている)信者や軟禁状態に置かれた(=自由を制限されている)信者を相手にしたケースにもそのまま当てはまる。
2,「脱会できてよかった」は結果論にすぎない。あくまで脱会を拒否した者はどうなるのか?
「いや、この女性は脱会できてよかったと思っているんじゃないか」と反論する人がいるかもしれない。
そういう人は想像力が足りなさすぎる。
そもそも家族だからといって、見知らぬ土地の見知らぬアパートに連れて行って監禁するという行為は人権侵害であり、刑法220条の逮捕・監禁罪に抵触する違法行為だ。今は江戸時代じゃないのである。たとえ家族であっても、こんなことは許されない。
魚谷氏は連載54で、2003年3月14日の札幌高裁判決が「違法性」に言及した事実を紹介している。
平成15年3月14日の札幌高裁判決は、「被控訴人らはいずれも控訴人を脱会(棄教)した者であり、脱会に至るまでの過程において親族らによる身体の自由の拘束等を受けた者も多く、このような拘束等は、当該被控訴人らとの関係においてそれ自体が違法となる(正当行為として許容されない。)可能性がある」
「当該被控訴人」とは原告(元信者)のことであり、この高裁判決は、「親族」による行為であっても違法となる可能性がある、と判示したのである。
家族といえども、本人の意に反して身体的に拘束した上で見知らぬ土地に連れて行き(拉致)、外部との連絡を一切遮断して監禁や軟禁をするようなことは許されない。成人に対して行えば刑法犯罪になり、未成年者に行えば児童虐待である。
こうした違法行為を肯定した上でなされるのが監禁下での強制的な脱会説得である。
「脱会できてよかった」は結果論にすぎない。
本人があくまで脱会を拒否したらパスカル・ズィヴィ氏はどうするつもりだったんだろう。脱会しないと頑張っている限り、監禁は続くことになるが、それが2週間、3週間、1カ月、2カ月、半年と続いても、まだやるつもりだったのか?
そうなったら本人がどれだけ傷つき、苦しみ、絶望を味わうことになるか、そこに考えが及ばない者は、人間としての道徳感情や倫理観が狂っている。
「脱会できてよかった」と思う人がいる一方、過去には自殺した信者もいるのである。
『日本収容所列島』(賢仁舎、2010年)は、自殺したある信者女性について26ページを割いて事実関係を詳細にルポした。
女性の名前は実名で記されている。彼女は合同結婚式に参加した後の1997年7月、京都のマンションのトイレで自殺を図り、京都市上京区の西陣病院に運び込まれ、そこで亡くなった。
関与していた牧師は、日本イエス・キリスト教団京都聖徒教会の船田武雄牧師であったという。船田牧師はこの件について、「回答するつもりはない」と答えた。
このコメントは実に不可解である。仮にも聖職者とされる牧師の立場にありながら、20代の若い女性の拉致監禁、自殺との関わりについて聞かれて「ノーコメント」とは。全く無関係であるならば、強く関与を否定するのが常識的な対応と言えよう。
回答拒否は、船田牧師の後ろめたさのゆえではないのか。
と同書にある。
この自殺事件は統一教会側でも深刻に受け止められたようで、教団のニュースに次のような記事があった。
3,櫻井義秀氏に怒りを露わにした、「監禁を伴う強制的な脱会説得」により脱会した故・宿谷麻子さん
中には、「信教の自由を奪われ、内心の自由を蹂躙され、身体的に監禁までされて、脱会はしたものの、PTSD(心的外傷後ストレス障害)など心身に重大深刻なダメージを受けた」と憤りに身を震わせる者もいる。
そうした人物の1人が、魚谷氏が連載52で取り上げた故・宿谷麻子さんだ。この女性を取材して、中立的な立場から拉致監禁による強制棄教の問題をクローズアップしたのがルポライターの米本和広氏である。
彼女が立ち上げた「夜桜餡」というウェブサイトは今も公開されている。
そこには、米本和広氏が『現代』2004年11月号に発表した「書かれざる『宗教監禁』の恐怖と悲劇」の全文が転載されている。
それに加えて、
『「カルト」を問い直す』(中公新書ラクレ、2006年)という本で米本氏のルポを批判的に扱った櫻井義秀氏に対する米本氏の質問状、それに対する見事なまでに“誠実な”櫻井氏の回答、そして宿谷さんの櫻井義秀氏に対する怒りのこもった感想などが綴られている。
真摯な対話を求める米本和広氏に対し、櫻井氏の回答は次の通り。
櫻井義秀
2006・3・23
米本和広様
拝啓
早春の候、ますますご健勝のこととお喜び申し上げます。
この度は、拙著に御意見を頂きまして、有り難うございました。ご質問に対しては、拙著の中で書いてあることが私の見解ですので、拙著全体の主張とも重ね合わせてご参照願いたく存じます。
また、客観的事実と異なる点や誤植に関わるご指摘については重版・改訂の折に訂正させて頂きます。ご指摘有り難うございました。 まずは用件のみにて失礼致します。
敬具
典型的な木で鼻をくくったような回答だ。これが櫻井氏の“誠実さ”の正体である。こういう人物だから宿谷さんが侮辱されたと感じたのも無理はない。
魚谷氏も書いているように、宿谷さんの櫻井氏に対する怒りは、以下の見出しを見れば一目瞭然だ。
- 櫻井教授は拉致監禁の被害を軽視しているように感じます。
- 櫻井教授は拉致監禁を隠蔽しているように感じます。
- 櫻井教授は拉致監禁に賛同しているように感じます。
- 櫻井教授は拉致監禁の被害者を侮辱しているように感じます。
- 櫻井教授は犯罪被害者の人権を軽視しているように感じます。
- 櫻井教授はPTSDについて無知であると感じます。
- 櫻井教授は米本氏のルポを歪曲しているように感じます。
宿谷さんは統一教会を脱会した。だが、拉致監禁による強制棄教、監禁を伴う強制的な脱会説得は「犯罪」だと明言し、自らを「犯罪被害者」とまで述べている。
米本氏の「書かれざる『宗教監禁』の恐怖と悲劇」は後に『我らの不快な隣人―統一教会から「救出」されたある女性信者の悲劇』(情報センター出版局、2008年)に結実した。
4,「監禁を伴う強制的な脱会説得」に関わった者、知りながら止めなかった者や見て見ぬ振りをした者は、深刻な人権侵害に対して重い責任がある
監禁下での強制的な脱会説得に最後まで抵抗し、生還した信者もいる。彼らが書いた体験記や法廷・警察に提出した陳述書などは、涙なくして読めないものばかりだ。
先に挙げた『監禁250日 証言「脱会屋」の全て』、『人さらいからの脱出』(光言社、1996年)、『強制改宗』(光言社、1993年)、『日本収容所列島』(賢仁舎、2010年)などなど。
『絆―拉致監禁による家族の崩壊と再生』(創芸社、2013年)は事実をベースにした創作マンガ。巻末に、2回の監禁経験者で自殺未遂も起こしたアントール美津子氏や12年5カ月監禁されて生還した後藤徹氏*2の警察への陳述書が掲載されている。
「監禁を伴う強制的な脱会説得」に関わった者は、直接関わった者はもちろん、幇助(ほうじょ)した者、間接的に関わった者、知っていながら止めなかった者や見て見ぬ振りをした者(ここに入るのが全国霊感商法対策弁護士連絡会の一部弁護士だ)を含め、その全員が深刻な人権侵害に対して重い責任がある。
特に山口広弁護士については、全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)で初期の頃、一緒に活動していた伊藤芳朗弁護士が、「監禁を伴う強制的な脱会説得」のことを山口氏は知っていたと証言している。
antihogosettoku.blog111.fc2.com
以下は、米本和広氏が2012年7月18日に東京地裁に提出した陳述書からの引用。文中、宮村氏とは職業的脱会屋(脱会請負業者)の宮村峻(たかし)氏のことである。伊藤氏にインタビューしたのは米本氏。
伊藤 コアな弁護士との打ち合わせの場だったか、個人的な場だったかは忘れましたが、山口広弁護士には「宮村氏のやり方は問題だよ」と疑問をぶつけたことがありました。そうしたら、山口さんはこう言うのですよ。
「伊藤さん、ぼくたちは信者が辞めた後のことに関わればいいから。辞める前のことに一切関わっちゃいけない」
彼はそうしか言わない。狡いと思いましたね。
――山口広弁護士は、宮村氏が拉致監禁説得をしていることを知っていましたか。
伊藤 もちろん!です。
自分が「知っていながら止めなかった者や見て見ぬ振りをした者(ここに入るのが全国霊感商法対策弁護士連絡会の一部弁護士だ)」と書く根拠の1つが、この陳述書である。
(④に続く)