8月18日のブログで長くなるので書かなかったが、忘れないうちに書いておく。
産経新聞8月6日の記事「安倍氏銃撃の残響・上」は、事件を「冷酷なテロ」と厳しく非難する点で納得のゆくものだった。
その一方、とても納得できない記述もあった。それは元信者の40代女性の告白だ。
山上容疑者の境遇について「人生を統一教会に破綻させられた身としては理解できる」と同情するのは元信者の40代女性。
先に入信した母親に迫られ、教会の教えを受け入れた「信仰2世」だ。
合同結婚式で創設者の故文鮮明(ムン・ソンミョン)総裁にマッチングされた夫から日常的に暴行され、窮乏にあえいだ。
現在は離婚・脱会し、母親とも縁を切ったが「すべての2世が理不尽な生き方を(親に)強要されてきた」と語る。
納得しがたいのは、この「すべての2世が理不尽な生き方を(親に)強要されてきた」という告白だ。
これを読んで違和感を覚えない人がいるだろうか。この元信者は「すべての2世が」と言い切っている。
先月、旧統一教会の現会長、田中富弘氏が記者会見で「2009年以降は(過去に問題になったような)トラブルは起きていない」と述べたことに対し、霊感商法対策弁護士連絡会の弁護士らが「ウソだ。それ以降もこんな被害が発生している」と批判した。
「起きていない」と言った以上、1つでもトラブルが起きていればウソを付いたとみなされる。あの発言は批判されて当然だ。
その後、旧統一教会側は「言葉不足で誤解を招いた」と謝罪し、その真意について釈明する声明を発表している。
では、この産経新聞に登場した「元信者の40代女性」の場合はどうか。彼女は単に「2世が」と言ったのではない。「すべての2世が」と言ったのだ。
この発言には、記事の読者の全員が、
「『すべての2世』と言い切る根拠は何か? あなたは旧統一教会の宗教2世の家庭事情をもれなくすべて把握しているのか?」
と問う権利がある。
産経紙上で証言した40代女性が、この問いにきちんと答えられるとはとても思えない。
常識で考えれば分かることだ。旧統一教会の宗教2世は100人や200人ではないだろう。紀藤正樹弁護士によると、日本の信者数は「推定で5万人程度」(東スポweb8月2日)だそうだ。
紀藤弁護士がどういう方法で推定したのかまでは記事に書かれていない。
- この5万人に、未成年の2世は含まれているのか?
- 成人に達した2世の中には棄教した者もいると思われるが、棄教した成年2世とそうでない成年2世は区別してカウントしたのか?
など、東スポの記事を読んでも詳細は不明だ。
結局、宗教2世の占める割合までは分からないが、「合同結婚」を教義の中核に置いている教団だから結婚している信者が多いことは容易に想像できる。
既婚の信者が3万人(夫婦それぞれ1万5000人)、残り2万人が独身者または寡婦(夫)だとすると、2世は棄教した者も含めおそらく(少なくとも)1万人はいるだろう。
既婚信者が2万人だとしても、ほぼ同じことが言える。
この大雑把な推定が正しいとするならば、先の40代元信者は、1万人もいる2世の「すべての」家庭事情をいったいどうやって把握したのだろう?
この人は、1万人の2世たち全員と何らかの形で交流して情報を集めたのだろうか?
既に書いた通り、成年2世の中には棄教した者もいるはずだ。しかし、棄教の原因がこの女性の言う「理不尽な生き方の強要」にあったと断定することはできない。
「理不尽な生き方の強要」に反発して、成人してから棄教したと考えることもできるが、そうではなく、親からの宗教教育を素直に受け入れていたが、成人して様々な価値観を持つ人に触れて考えが変わり、棄教したのかもしれない。
こういうプライベートなことは、大掛かりなアンケート調査でもしない限り、分からないはずだ。
直接的な交流にしろネットを介しての交流にしろ、1万人(仮定)の2世の全員を網羅するなんて絶対に不可能だ。
直接的な交流なら日本各地に住んでいる2世全員とどうやって交流したのか疑問が湧くし、ネットを介しての交流ならそれに参加しない2世のことまで分かるはずがない。
そもそも親の教育が理不尽か理不尽でないかは、人によって受け止め方が違うはず。
類は友を呼ぶで、この40代2世元信者の回りには同じような受け止めをする2世が多かったのかもしれないが、「すべての2世が理不尽な生き方を親から強要された」と言うからには、そう断言するだけの明確な根拠が必要だ。
常識的に考えて、どの宗教でも熱心な信者もいれば、ほどほどの信者もいる。
キリスト教なら、将来は牧師になりたいとか神学を学べる大学に行きたいと考える信者もいれば、日曜礼拝に参加するだけのいわゆるサンデー・クリスチャンもいる。
これは旧統一教会だって同じではないのか。
時々教団施設に家族で足を運ぶ程度の信者でも、棄教していなければ信者であることに変わりはなく、子どもは宗教2世ということになる。
親がサンデー・クリスチャン並みの信者ならば、子どもに旧統一教会の教義を無理やり教え込んだり、「信者同士で結婚しなければ絶対ダメ」なんていう教育はしないだろう。
世の中は本音と建て前でできている。これはどの世界も同じで、「教義がこうなっているから、信者は全員、教義通りに生きている」などということがあるわけない。
いい例がカトリックだ。カトリックは教義上は離婚禁止である(=旧統一教会の教義と同じ!)。では、カトリック信者は全員離婚していないか? そんなことはない。
教義上は離婚できないため、カトリック教会法における離婚は現在でも極めて困難とされる。しかし、民法上の離婚はできるし、現にしている人は多いという。
離婚してもカトリックを棄教する必要はないし、棄教したことにもならない。ただし、下記ウェブによると、「聖体拝領などの秘蹟が受けられなくなる」というカトリック教会法上の重大なペナルティーを科されるそうだ。
熱心な信者もいればいい加減な信者もいる。これは、旧統一教会に限らず、どの宗教団体にも見られる普通の光景だと思う。人間とはそういうものだ。
さて、ここまでの話をまとめよう。
- 旧統一教会の信者だって、熱心な者もいれば、いい加減な者もいるはずだ。親がいい加減な信者なら、わが子に「理不尽な生き方を強要」するはずがない。
- いかに外目には「理不尽」と見えようと、熱心な親に素直に従い、熱心な2世信者になる者もいるはずで、彼らは当然、自分が受けた教育を「理不尽」とは認識しないだろう。
- そもそも産経紙上に登場した元信者が、1万人はいると推定される「すべての2世」の家庭状況を把握できるとは全く信じられない。
こうみてくると、元信者の40代女性が語った「すべての2世が理不尽な生き方を(親に)強要されてきた」という発言は、信憑性に重大な疑問符を付けざるをえないのだ。
ハッキリ言おう。産経新聞は元信者のウソ証言を、ウソであることが明白なのに、黙って垂れ流したのだ!