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朝日新聞のネット調査も、選択的夫婦別姓に反対が過半数

朝日新聞ネット調査「夫婦の姓、どう考えますか」で、選択的夫婦別姓に反対が賛成を大きく上回った

朝日新聞フォーラム面が朝日新聞デジタルで公開されているが、「夫婦の姓、どう考えますか」というネット調査(2020年12月24日~今年1月7日実施)で、選択的夫婦別姓に賛成が8,530票で43.5%、反対が10,832票で55.2%と、反対が過半数を占め、賛成を約12ポイントも引き離している。

www.asahi.com

ネット調査は、ネットモニター調査と同じく、世論調査としては信頼度に欠ける。だが、朝日新聞はそのことを分かった上で「フォーラム」というコーナーを設け、そこで継続的にいろいろなテーマで調査を行っている。

信頼度に欠けたとしても、価値は高いと思っているはずで、だからこそこのコーナーを続けているのだろう。

この調査では、選択的夫婦別姓への賛成よりも反対の方が多いという結果が出た。朝日新聞が主体的に行い、朝日新聞デジタルで公開している情報なのだから、この結果を朝日新聞が軽く見ることは許されないはずだ。

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朝日新聞フォーラム「夫婦の姓、どう考えますか?」の問2

質問と選択肢が結構おもしろくて参考になった。

日本では「姓」がファミリーネームになる

問1の「結婚と姓のあり方を考えるとき、あなたが大切にしたいのはどのようなことですか? (二つまで選択可)」を見ると、「夫と妻それぞれの考え方を尊重すること」は45.8%と2番目で、トップの「夫婦、家族としての一体感、絆」が47.3%、「夫婦、家族は同じ姓としてきた社会の伝統や慣習」が34.4%と高い数値を示し、「夫あるいは妻の家名を途絶えさせないこと」も少数ながら8.9%ある。

日本では、姓をファミリーネームとする感覚が強く、同姓支持派が多いのもそれが理由だろう。

また、大多数が夫の姓を家族姓にするのは、調査では比率は低いが、家名を継承するという意識も強く働いていると思う。

結婚して妻の姓を家族姓にするのは、妻が一人娘であるか姉妹しかおらず、夫に婿としてきてもらわないと家名が続かないというケースが多いのではないか。その場合、夫が長男だと簡単には事が運ばないが、次男、三男ならスムーズに進みやすい。

わが兄弟の場合、自分が長男ではなく、結婚相手が4人姉妹の1人だったので、「改姓して婿入りしてもいい」と伝えていたのだが、最終的に、そこまで気を遣ってもらわなくていいということで、奥さんが我が家の姓に変えてくれた。

ほかの姉妹が婿をもらうということだったかもしれない。要するに、結婚後の姓は、夫婦双方あるいは両家の真摯な話し合いで決めればいいことである。

「日本は夫婦同姓を強制している唯一の国」と否定的に語る人がいるが、強制ということなら、お隣の韓国だって夫婦別姓を強制している。韓国では、妻は家族の一体感を求めて夫と同姓になりたくもなれないのである。逆もしかり。そこに自由度はなく、強制の度合いは日本よりも強い。

しかも、韓国の出生率は日本よりはるかに低いのだ。

「夫婦同姓の強制が少子化の一因」と言う人は、夫婦別姓の国、韓国の出生率を知っているのか。韓国はコロナ禍前の2018年に、既に合計特殊出生率が1.0を切っている。(参考・日経「韓国、2020年に初の人口減 出生率が過去最低更新」

「結合姓」を作れるアメリカ

日本では、名前は姓と名の二つの組み合わせしかないから、夫婦別姓にするとファミリーネームが消滅することになる。これが大きな問題で、欧米のように3つも4つも単語を連ねて名前にできる国とは事情が違う。

例えば、アメリカのケネディ大統領の名前はJohn Fitzgerald Kennedyであり、妻のジャクリーン夫人はJacqueline Lee Bouvier Kennedyだ。夫婦双方の名前にKennedyが入っており、当時の夫人はケネディ家の一員である。

しかし、夫人の名前にはBouvierも入っている。このブーヴィエは彼女の結婚前の姓(実家の姓)であり、結婚後の名前に実家の姓も入れ込んでいるのである。

夫婦同姓にしながら元々の自分の姓も入れた「結合姓」を作ることができるのが、日本と大きく違うところだ。

こうした文化の違いを無視して、「夫婦同姓を強制しているのは日本だけでおかしい」と言うのは、それこそ文化の多様性を無視した暴論だと思う。日本は東洋の国であり、西洋の国とは違う。

近代先進国家になっても、文化の違いはあって当然だろう。

アメリカ人に「日本では夫婦別姓が認められない」と言って驚かれたら、こう言えばいい

どこで読んだのか忘れたが、あるウェブサイトで、アメリカ人に「日本では夫婦別姓が認められていない」と言ったら、非常に驚かれたという話が書いてあった。だから日本も夫婦別姓を認めるべきというのだが、そんな単純な話だろうか。

試みに、アメリカ人に「日本では選挙の際、戸別訪問が認められていないんですよ」とか、「日本には軍隊はないんですよ」と言ってみたらいい。やはり、目を丸くして驚くだろう。

戸別訪問ができないで民主的な選挙が行えるのかと彼らは考えるだろうし、自衛隊が軍隊ではなく、総理大臣が「我が軍」と言っただけで野党やマスコミから袋だたきにされると知ったら、啞然として声も出ないのではないか。

「外国がこうだから日本もこうすべき」という論理を使うのなら、改めなければいけないことは無数に出てくる。

当然、憲法9条も改正して、自衛隊は軍隊にしなければならないことになる。それがグローバル・スタンダードだからだ。

夫婦別姓の最終的狙いは、家族単位の戸籍をなくして個人登録制度にすること?

朝日フォーラム調査では、問5も興味深い。

問5.夫婦の姓と結婚手続きは、子どもの姓や法的権利にも関係してきます。家族と姓について、あなたの考えに近いのはどれですか?

・家族は同じ姓、同じ戸籍であるべきだ(10,279票 52.4%)

・家族は同じ姓、同じ戸籍がいいが、通称使用を法制化してもよい(904票 4.6%)

・夫婦それぞれの姓が法的に認められれば、戸籍は家族単位でいい(1,930票 9.8%)

・家族それぞれに個別の姓が認められれば、戸籍は家族単位でいい(2,171票 11.1%)

家族単位の戸籍はやめて個人登録制度にするべきだ(4089票 20.8%)

・その他(240票 1.2%)

ここでは戸籍について聞いている。上2つは同姓支持派、その下3つが別姓支持派だ。驚くのは「家族単位の戸籍はやめて個人登録制度にするべきだ」が約2割いることだ。これはもう筋金入りの別姓論者と言えるだろう。

自分は同姓を望むが、選択的夫婦別姓でも構わないと思っている心優しい人たちは、彼ら別姓論者がここまで考えていることを知っているだろうか。

家族単位の戸籍はなくしてしまえ、というのである。戸籍を個人登録制度に変えようというのだからビックリ仰天だ。これは社会の基本単位を家族から個人に変更しようというものだろう。

選択的夫婦別姓制度導入の次には、戸籍をやめて個人登録制度にするというプランが待ち構えている。その意味するところは何か。他人事ではない話だ。改めてよく考えてみなければと思う。